「きゃああ!!」 コナーの悲痛な悲鳴が上がった。倒れこむ人影。ローレイたちは慌てて倒れこんだ人物に駆け寄った。倒れているのはアルクだった。 「なぜアルクがここに!?」 その場にいた全員がなにが起こったか分からない。気が動転している。しかしアルクの胸から血が流れていることだけは見てとれる。 「魔物にやられたのか!?」 ジョルジュがアルクに問いかけた。しかしアルクは苦しそうに横たわるだけで答えられない。トレイが悔しそうに握りこぶしを震わせた。 「油断していた!まさかここで矢を使われるとは!!」 それを聞いたローレイも苦渋に満ちた表情で「しまった!」と舌打ちをした。 しかしジョルジュたちには何のことか分からない。無理もない。魔力を持った者には黒魔術の矢は見えないのだから。ティアはアルクのすぐ傍で愕然として立ちすくんでいる。 「アルク・・・?」 ティアは放心状態だ。なにが起こったのか分からないまま膝から崩れ落ち倒れこんでいるアルクの体を抱えた。 まったく想像していなかった展開にジョルジュたちも気が動転してなすすべがない。そこへ魔物が総攻撃を仕掛けてくる。我に返ったローレイが大声で叫ぶ。 「マリー!アルクの治療をしてくれ!原因は胸に刺さった矢だ!皆は気を緩めるな!!戦いは終わっていない!!」 マリーは訳も分からずアルクの傍に座りアルクの胸を見た。血を流しているが矢など見えない。しかしとにかく治療しなければと、呆然とアルクを抱きかかえるティアに声を掛けた。 「ティア、少しの間アルクを貸して!治療するわ!」 ティアは我に返りすぐさまマリーにアルクを渡した。マリーはさっそくアルクの胸に手のひらをかざした。手のひらから光が溢れ、アルクの傷口を包む。しかしなぜか出血は止まらない。 「なぜ!?なぜ傷口が塞がらないの!」 マリーが叫んだ。すぐさまトレイが駆けつけアルクに刺さった矢を引き抜いた。その瞬間血が噴き出た。 「なっ・・・!」 マリーとティアは驚いて目を見開いた。 「矢を抜くと出血が酷くなるからなるべくそのままにしておきたかったが治療の為だ、仕方がない。マリー、治療を続けてくれ!」 「矢ってなによ・・・。」 マリーはわけが分からなかったがともかく治療を再開した。しかしそれでも傷口は塞がらずアルクの顔からどんどん血の気が引いていった。 ジョルジュたちは必死に魔物と闘う。コナーも必死に結界を張る。しかしティアはそれどころではない。マリーが顔面蒼白で叫んだ。 「傷が治らない!!どうして!」 ローレイはマリーの叫び声を聞いて思い至った。黒魔術の矢のせいだ。おそらく傷口が塞がらない呪いがかけてあるのだろう。なんという念の入れようか。今すぐ黒魔術師の所へ駈け込んで全滅させたいほどの激しい怒りを覚えた。 ティアは呆然としながらアルクの体を抱きしめる。 「アルク・・・どうして・・・。」 するとアルクは苦しそうに息を吐いた。今にも死にそうだ。 「アルク!」 生きていると分かってティアは感激の声をあげた。 「アルクどうしてここに!?」 「・・ティアのことが心配だった・・・んだ。俺はソダムなんか・・・に行かない。ずっとティアの傍に・・・いたい。」 アルクが荒い息の合間に絶え絶えに告白をする。 「うん。」 ティアの瞳から大粒の涙が流れる。 「私もアルクにずっとそばにいて欲しい。」 アルクはそれを聞いて力なく微笑みながら震える指先でティアの涙を拭った。 「ティア・・・聞いてくれ。俺はお前のことを・・・愛している。」 「!!」 「は・・・初めて会った時から・・・ずっと・・・今も愛している。」 「アルク、なぜ今そんなことを言うの?」 ティアの瞳からとめどなく涙があふれる。 「これがティアと一緒にいられる最後・・・だからかな・・・。」 「そんなこと言わないで!!ずっと一緒にいてくれると言ったじゃない!!」 「・・・約束守れなくてごめん・・・。」 「いやよ・・・死なないで・・・。お願い!!死なないで!!あなたがいない世界なんていらないの!他の誰がどうなってもいい!あなたには生きていて欲しい!!」 ティアの必死な懇願。 「誰か!!アルクを助けて!!マリーお願い!!アルクを!!」 ティアが悲痛な叫び声をあげる。マリーはこれ以上なす術がなく涙をこらえている。ローレイたちは魔物たちに行く手を阻まれてアルクの元に進めない。 「糞!!魔物!!邪魔だどけ!!」 ローレイは怒り狂って魔物たちを火で焼き払うが魔物の数は半端ない。 「ローレイ!私が援護する!アルクの元へ!!」 トレイが叫んだ。 「ティア・・・。」 アルクは心から愛おしそうにティアを見つめた。まるでティアの顔を魂に焼き付けるように。 「お願いだから死なないでアルク。愛しているの。私を一人にしないで。」 ティアは嗚咽しながらアルクの体を抱きしめた。 「あぁ・・・夢のようだ・・・。夢なら・・・さめな・・・い・・・でく・・・。」 そう呟くと安らかな表情で静かに瞼をとじた。 「アルク・・・?」 アルクの異変に気付いたティアがアルクの名を呼んだ次の瞬間、ティアの頬に優しく触れていた指が力尽きたように滑り落ちた。 「アルク!目を覚まして!!」 悲痛な叫び声、しかしそれには応えずに固く閉ざされたままの瞼。 ローレイたちは立ちすくんでいる。戦闘する気力をまるでなくしてしまったのだ。それなのに不思議なことに魔物はハタッと攻撃をやめた。それどころか棒立ちしている。まるで何かを待ちわびているかのように。 「いやよ・・・アルク・・・。」 ティアの胸は深い悲しみで抉られ呆然自失だ。呼吸をしていないアルクの体をきつく抱きしめた。ティアの心が空っぽになってしまったかのようだ。その瞳から光が消えた。 ジョルジュやコナーやトーマスは沈痛な面持ちでティアの所に駆け寄った。なんと声を掛けていいか分からない。ローレイはその場に膝から崩れ落ちた。 「なにが人々を守りたいよ・・・・。」 ティアが自嘲気味に呟いた。 「なにが魔力を失ったら人々を守れなくなるよ!魔力なんてあったって守れないじゃない!!」 「ティア・・・。」 ティアは半狂乱して髪を振り乱し訴える。だが誰に訴えているのか分からない。 「たくさんの人を守ったって一番大切な人を守れないならなんの意味もない!!こんな魔力いらない!!」 ティアの喉から血を吐くような魂の叫びが辺りに響いたその時だ。ティアの太ももに刻まれている紋様が突然光りだした。 「!?」 ローレイたちは驚愕する。次の瞬間。ティアの体から白い光が津波のように溢れた。いや暴発した。 「なっ!?」 「なんなのこれは!?」 それは凄まじい魔力だった。こんなに威力のある魔力が人間に備わっているなんて到底信じられない。ローレイでさえ足元には及ばない。まるで赤子と鬼神。
ヨ ウ ヤ ク ミ ツ ケ タ・・・。
黒い雲が渦巻く空。ローレイたちの頭の上で心が凍り付くような恐ろしく不気味な声が響く。 ローレイたちが空を見上げる。
その様子を陰で見ていたビレモがニヤリと陰鬱な笑みを浮かべた。 「お前の勘が当たったな。」 「あぁ。」
ティアからあふれ出る白い光はアルクの体を優しく包み込んだ。それだけではない。光に触れたジョルジュやトレイたちの傷が次々と癒されていく。 「なんなんだこれは・・・。」 つい先ほどまで腕や足から血がとめどなく流れていたのに流血は止まり、見る間に傷口がふさがっていく。 マリーは目の前で信じられないものを見て感嘆する。コナーは衝撃を受けて目を皿のように丸くしたままだ。 「あなた、治癒系でもあったのね。」 「しかしこんな魔力今まで感じたことがない。こんな強くて柔らかな魔力・・・。」 コナーが呆然と呟いた。
確かに凄まじい威力の魔力だ。しかしなぜだろう全く怖くはない。強さと優しさが同居している不思議さ。真綿で優しく包まれているような感じだ。魔物たちさえもその魔力に魅入られたように立ち尽くしている。 しかし矢を放ったビレモだけは違った。 「その銀髪の女を捕まえろ!!魔王に差し出せ!」 魔物たちに命令した。途端に魔物たちは我に返り一斉に動き出す。 「・・・っ!皆、ティアを守れ!!絶対に魔物たちにティアを渡すな!!」 ローレイが突如声を上げた。ジョルジュたちにはなんのことか分からないがとにかく急いでティアとアルクを抱え込んだ。 「ローレイ!あの建物の中に避難しよう!!」 トレイが指を指した先には神殿がある。 「了解。みんないったん神殿の中に!」 「はい!」 ジョルジュたちは魔物たちの攻撃を交わしながら神殿にやっとの思いで避難した。 魔物たちはティアを奪おうと神殿に入りこんでこようとする。建物が激しく揺れ、天井から砂埃が落ちてくる。コナーがすかさず結界を張ったが破られるのも時間の問題だ。 「ローレイ様、私の結界ではそう長く持ちません。」 コナーが悔しそうに伝えた。 「分かっている。」 ローレイはティアの前に進み出た。いまだ呆然自失していて何が起こっているか本人は把握出来ていない。するとローレイはいきなりティアの頬を叩いた。 パチーン。乾いた音が辺りに響く。 皆があまりに突然のことに驚いた。トレイはティアを気の毒に思い戸惑うばかり。 「ローレイ様!何を!」 「目を覚ませティア!」 容赦ないローレイの呼びかけに徐々に意識を取り戻すティア。取り戻して真っ先に思うのは。 「アルクは!」 ティアは辺りを見回してアルクを探す。 「安心しろ。アルクはあそこにいる。」 ローレイはそう言って部屋の奥を見るように目で促した。ティアは恐る恐る奥を見た。そこには横たわるアルクがいた。 「アルク!」 ティアはすぐさま駆け寄ってアルクの体に縋る。そこへローレイが近づいてきた。 「安心しなさい、アルクは生きている。」 「え?」 ティアは信じられないという表情をした。確かにアルクはあの時死んだのだ。 「自分で確かめてみなさい。」 ローレイに促されそっとアルクの胸に耳を当てた。ちゃんと心臓の鼓動が聞こえる。息をしているか鼻に耳を近づけてみればちゃんと呼吸音もする。 アルクは眠っているだけだ。ティアの表情が見違えるように明るく輝き始めた。瞳にも光が舞い戻って来た。歓喜で体中が震えている。 「良かった!アルクが生きている!マリーありがとう!!」 ティアは振り返りマリーに心からのお礼を言う。しかしマリーは困惑したままだ。 「ティア、アルクを生き返らせたのはそなただ。」 ローレイが告げた。 「え?何を言っているんですか?私は生き返らせることは出来ません。治癒系ではないもの。」 「いやそなたがやったことなのだ。そなたは治癒系の力も持っている。」 ティアはにわかに信じられなくて口を噤んでしまった。代わりにジョルジュが尋ねる。 「しかしローレイ様。一人の人間に備わる系統は一つなはず。ティアは生まれつき結界系です。二つの力が備わるなど聞いたことがありません。」 「しかしお前もその目で見ただろう。ティアがアルクの傷を治し蘇らせた場面を。数億分の一の奇跡だ。突然変異的に二つの能力が備わったのだろう。しかも凄まじい威力のある魔力を。」 「私がアルクを蘇らせた?」 「そうだ。そなたは無意識の内にそれをやってのけた。今まで魔力を抑える封印と治癒系の封印をされていたがその封印はそなたがアルクを助けたいという強い願いによって解除されたのだ。いや破壊されたと言った方が正しいか。」 ローレイの言葉を聞いてティアはハッとした。太ももにある謎の紋様。昔母親が泣きながら自分に刻んだ紋様。 しかしここで疑問を持ったトーマスが切り出した。 「しかしなぜ封印なんてされていたのですか?魔物が跋扈するこの世界ではそれに対抗できる魔力はあって困るものではないはず。ましてや治癒系ならなんの障害もない。」 これはローレイとトーマス以外の皆が感じた疑問だ。 「治癒系だから封印されたのだ。」 「?」 「ティアには魔王の器になる資格がある。」 「魔王の器!?」
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