場所は変わってここはブロンの森のすぐ近く。 今はつかの間の休息だ。これから魔物たちとの闘いが待っている。それならば今この時だけでも皆に心と体を癒して英気を養って欲しいとローレイは願っていた。
しかしそれを邪魔するかのように懐に忍ばせてある魔電話が震えた。ローレイは警戒しながらトレイに目配せをした。トレイは了解したと目で答える。ローレイはひとまず部屋から出て廊下の端に行った。魔電話を取る。 『ローレイ様、大変なことになりました。』 声の主はもちろんポールだ。声が緊張感で震えているのが分かる。 「どうした?」 『マトリが殺されました。』 「なんだと!?」 ローレイは驚愕し絶句した。 『遺体の状態からして犯人はおそらくビレモだと思われます。』 「ビレモか・・・。厄介なことになってきたな。」 ローレイは眉を顰めた。 『それだけではありません。マトリは100万ルダーもの大金を握りしめて死んでいたそうです。』 「!!」 『ドルーの話によるとマトリは多額の借金を抱えていたそうで同僚に金の無心をしていたようです。』 「我々にはそんなこと誰も話してはくれなかったが。」 『おそらくそのことを話したらマトリが教師を首になると思っていたのではないのでしょうか。それか言えない理由での借金だったとか。』 「そうか・・・。マトリのことは残念だ。・・・頼んでいた名簿はどうだった。」 『ローレイ様の推測通りでした。11期生と12期生のページだけ破り去られていました。それと監視玉に犯人の姿は映っていませんでした。』 「・・・・。」 ローレイは逡巡した。卒業名簿を見ることが出来るのは教師しかいない。マトリは、知能指数が高いビレモに殺された。そのマトリは借金を抱えていた。遺体が握りしめていた大金・・・。そこから導き出される答えは・・・。 「マトリが金で生徒の情報を売ったか・・・。」 『おそらく・・・。』 重々しい空気に支配される。今のところ憶測に過ぎないがマトリはビレモから卒業名簿にあるティアたちの居場所を盗み出すように依頼された。大金欲しさにマトリはそれに乗った。いざ情報を盗み出しビレモに渡したところを口封じの為に殺された。ローレイたちはそう推測した。 『しかし不思議なのはなぜ11期12期だったのでしょうか。まさか奴らはティアが魔王の器だと気づいたのでは!』 「それだったらティアの情報だけを盗めばいいことだ。だが現実はティアと関りがある者たちも呼び出されている。これは魔物たちもティアが器だと絞り込めていないのではないか。ティアがそれだと確証が持てない、ティア以外の誰かかもしれないと思っているのかもしれない。」 『ティアや同級生に狙いを定めたのはなぜでしょう?』 「・・・ここ数年入学してくる生徒たちの魔力のレベルが下がっていることはお前も気づいているな?」 『はい、まるで魔物たちの力と比例しているかのようです。しかも入学してくる生徒数そのものが減っている。これも時代の流れかもしれません、でもそれでも魔術師はこの世界に不可欠な存在です。魔物が跋扈する限りそれに対抗する者がいなくては!』 「そうだ。だが残念ながら魔力を持って生まれてくる人間は減少傾向にあり、魔力そのものも弱まっている。ここ十年を思い起こしてみれば分かる。強い魔力を持った粒ぞろいの生徒たちが揃っていた時期はいつか。」 『・・・。』 ポールは思い起こした。ここ十年間の生徒の顔ぶれを・・・。 将来優秀な魔術師たちになると期待された生徒たち、ティア、コナー、ジョルジュ、マリー・・・。11期生、12期生ばかりだ。そしてそのことは教師なら誰でも感じていたこと。マトリが他の教師からそのことを聞いていてもおかしくはない。まさか・・・。 『もしかしてマトリがビレモから依頼されたことはここ10年で一番優秀な魔術師が揃っている年代の情報を持ってこいということだったということですか。』 「あぁ、私はそう推測している。魔力が強い者を一か所に集めてその中から器を探し出すのが一番手っ取りばやいからな。それにマトリはティアたちと面識がないから情報を売ることに対して罪悪感は薄かったのかもしれない。」 『それでもあってはいけないことです。』 「あぁあってはいけないことだ。」 ローレイは裏切り者に対して怒りを滾らせている。 『どうしますか。ティアたちをヘロンに一旦戻した方がいいのでは?』 「魔物たちが集結しているのにそれを見なかったことにして帰るのは情けないと思っていたがあのマトリが殺されたというのなら話は別だ。一旦ヘロンに戻り対策を練ることにする。奴らの狙いは魔王の器。ここはティアを守ることが先決だ。」 『分かりました。ティアたちがヘロンに戻ってきても大丈夫なように教師たちを総動員しておきます。』 「頼んだぞ。」 ローレイは魔電話を切り、皆の所に戻るとさっそく全員でヘロンに戻る旨を話した。 「えぇ!?なぜですか!」 「そうよ!魔物たちがここに集まってきているのは確かなのに何もせずに帰るのは魔術師として恥です!」 ジョルジュたちは一斉に反発をした。ティアも同様だ。 「理由をお聞かせください。このまま何もしないでヘロンに戻るのは納得がいきません。」 ティアが強い口調で迫った。返答に困るローレイ。そこでトレイが機転を効かした。 「さきほどポールから連絡があってヘロンが魔物たちに襲われて大変なことになっているそうだ。」 「「学校が!?」」 皆が一斉に動揺する。 「魔物たちは我々をここへおびき出しその隙にヘロンを襲う算段だったのだ。ここにいる魔物たちはおとりだ。奴らの本丸はヘロンだ。」 「!!」 「こうしてはいられない!」 ティアたちはすぐさま立ち上がった。急いでヘロンに戻る準備を始める。ローレイはトレイの元に歩み寄り密かに礼を言った。 「お前の機転で助かったぞ、トレイ。」 「礼などいらん。すぐにヘロンに戻ろう。」 「あぁ。」 ローレイたちは出発の準備を済ませ宿を出た。 そのままブロンの森の周りを沿うようにして作られている道を進む。道の先の方に神殿が見えてきた。この道は宿へ行く時も通った道でその時は平気だったのになぜか今は得体の知れない不穏な空気を感じる一行。いたたまれなくなったジョルジュが隣を歩くコナーに声を掛けた。 「なんかさ、ここ不気味じゃないか?」 「うん、私もそう思っていたところ。」 不安に駆られたコナーが呟いた。
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