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作品名:魔王の器候補は両性体 作者:雲のみなと

第4回   4
これから魔法の実践訓練が始まる。攻撃系の教師ドルーが生徒たちを連れ立って校庭に出た。ティアにとって初めての授業で緊張している。
「今日は攻撃系と結界系がパートナーを組み共闘する訓練をするぞ。名前を呼ばれた同士で組むように。」
ドルーが指示を出すと生徒の一人が手を挙げた。
「先生!」
「なんだ?」
「今日の対戦相手はカウナですか?それともヨハイ?」
「ヨハイだ。」
「えぇ〜」
「マジかよ。」
ドルーの答えに生徒たちが一斉にどよめいた。うんざりしている様子だ。

カウナとヨハイ。彼らは魔法学校に定住している魔物だ。この学校の裏にある森を住処としている。魔物といえば人間を襲う恐ろしい生き物だがカウナとヨハイは違った。魔物は魔物であるが人間を襲わない、むしろ人間と協力関係にあるといってもいいだろう。
というのもこのカウナとヨハイは魔物でありがながら魔物を憎んでいるのだ。
カウナもヨハイも元は魔界を住処としていた。時々人間界にやってくるがそれは人間を襲うためではない。

カウナは5年前まで母親だった。5年前、当時3歳になる幼い我が子が人間という生き物を一目見たいと駄々をこねたので人間界までやってきたのだ。カウナも息子も人間を襲うつもりなんて毛頭なく、息子はただ人間という物珍しい生き物を見て喜んではしゃいでいた。
カウナはそんな我が子の様子を微笑ましく見守っていたのだが、不幸はその時起こった。カウナのように人間を襲わない魔物は珍しい。ほとんどの魔物が人間を襲撃し支配したいと考えている。
しかしその頃の魔物たちはある事情によりその魔力を弱めていた。なので魔術師たちにいとも簡単に退治されたり追いやられたりして相当鬱憤がたまっていたのであろう。
思い通りにいかない苛立ちと本能である凶暴さが幼い魔物に牙を剥いた。たまたま子供の魔物を見つけた魔物たちは獲物を見つけたとばかりにその子に襲い掛かった。
カウナは我が子を助けようと必死で魔物たちに抵抗したが多勢に無勢。5対1ではとても敵わない。目の前で我が子を無残に殺されてしまったのである。カウナは発狂し魔物たちに殴りかかったが逆に反撃に合い半殺しの目にあってしまう。そこへ偶然ローレイとドルーが通りかかり、魔物たちを一人残らず退治してしまったのである。

しかし我が子を失ったカウナの喪失感は酷く、魂が抜けた人形みたいになっていた。ローレイたちが事情を聞いたらカウナはようやく起こった悲劇を話した。魔物たちへの憎悪と復讐心を露わにしながら。
そこでローレイは言葉が悪いがこれは使えると思った。自分は魔物を退治する魔術師たちを育て上げる魔法学校を経営している。魔術師たちを一人前に育て上げるには魔物と闘う実践訓練がどうしても必要だ。どうかそれに協力して欲しいと持ち掛けた。
カウナは予想もしていなかった誘いに驚いて言葉を失っていたがローレイが「我が子を理不尽に失う悲しみや苦しみに人間も魔物も関係ない。あなたのような悲劇を繰り返さない為にどうか協力して欲しい」と頼み込んだ。

カウナは人間には恨みはない、しかし我が子を殺した魔物たちには恨みがある。
その一方で自分と同じ種族を退治する人間に協力することに戸惑いも覚えたが、我が子を殺した魔物への憎悪がそれを上回った。敵の敵は味方なのである。カウナは協力することを了承した。
それから実践訓練の時間が来ると裏山からここへ降り立ち、生徒たちを攻撃する。しかしあくまで訓練であり本気で危害を加える気がないカウナは随分と手加減をする。上級生が相手となればある程度本気で攻撃をするがあくまでも訓練なので多少手加減はする。ましてやここにいる一年生が相手となれば赤子を相手するようなもの、手加減しまくりだ。生徒たちもそれが分かっているのでカウナが相手だとさほど怖くないということで喜ぶのだ。

問題はヨハイの方である。ヨハイは手加減というものをあまりしない。血気盛んな若い魔物ということもあり生徒たち相手に本気で挑んでくる。
数か月前にも上級生を相手に本気になり生徒に怪我を負わせたばかりだ。怪我といっても左腕の骨折だが。その場にいた教師がとっさに生徒を防御したので骨折で済んだがそれがなかったら大変なことになっていたかもしれない。その後ヨハイはローレイに大説教をくらったが
「あれでもだいぶ手加減していた。本気でやらないと訓練にはならない。本気で殺しにくる魔物はこんなものではない。その本気の殺意と怒涛の攻撃を知らなければ一人前の魔術師にはなれないし、いざ本当の闘いになった時に対処出来ない。」と反論した。

ヨハイの言うことはもっともである。ヨハイは生徒たちに本当に強くなって欲しいのだ。ヨハイにもカウナのような悲劇の過去がありどうしても人間に強くなってもらわなければと思っているのだ。

ヨハイには人間の女性の恋人がいた。人間と魔物の恋。めったにないことであるが全くないことではない。奇跡のような出会いを果たし恋に落ちた二人。
ヨハイの見てくれは人型をしているとはいえとても人間とは言い切れない。薄青い肌に鱗がびっしりとついている。普通の人間だったら驚愕し戦慄し、一目散に逃げていくはずだ。あるいは腰を抜かして怯えるばかりか。
しかしヨハイの恋人、ローラーは違った。一目見ただけでヨハイの心根の優しさを見抜き、見た目なんて関係ないと言い切った。現にヨハイは人間に危害を加える気は毛頭ないタイプの魔物だ。自分の見た目を不気味がり怯え逃げていく人間たちの姿を幾度となく見てきても人間に対する嫌悪感は生まれなかった。嫌悪感を覚えるほど人間に興味がなかったと言ってもいい。興味のない人間に嫌われようが避けられようが痛くもかゆくもないからだ。

そんな時、生まれて初めて自分の姿を見ても怯えもせず、逃げもしない女に会った。新鮮な気持ち、もの珍しいものを見る感じ。
始めのうちはその程度の軽い気持ちでローラーと会っていたつもりがいつの間にかローラーを愛してしまった。ヨハイ自身信じられないし信じたくなかったが愛してしまったものは止められない。ローラーもまたそんなヨハイを愛していた。人種を超えた奇跡の愛。

だが、この奇跡は長く続かなかった。ヨハイに会いに来たローラーを魔物たちが襲ったのである。残酷なことにローラーは魔物たちの慰み者になったあげく無残にも惨殺された。約束の時間に待ち合わせの場所に辿り着いたヨハイが見たものは無残に殺された恋人の姿。その時の心境は想像に絶する。発狂しながらローラの遺体に縋りついた。その時にローラーを殺したのは魔物たちだとすぐに分かった。遺体に魔物の匂いがこびりついてしたし、とある魔物の爪痕が残忍なまでに切り刻まれていたからだ。
ヨハイの胸の中に立ち上る復讐と憎悪の炎。ローラーを殺した魔物たちに復讐してやろうと魔界や人間界を飛び回るけれども一向に尻尾がつかめない。募る苛立ち、このまま復讐を果たせないのではないかという焦燥感に駆られていた時にカウナに出会った。

大切なものを殺された苦しみ悲しみを抱く者同士、心に通じるものがあったのかも知れない。カウナと話していくうちにカウナが人間に協力していることを知った。ヨハイはそのことに興味を覚えた。
人間界は広い、魔界はもっと広い。その中でローラーを殺した魔物たちに出会うのはとても困難だ。その魔物がローラを殺したと自ら白状しない限りどれが犯人かも分からない。だったら魔物全員抹殺してしまえばいいと思った。連帯責任だ、それがローラーへの弔いになると思った。
だからカウナを通してローレイに会い、自分も協力すると申し出たのだ。

そういう経緯があるので本気で人間に強くなって欲しいと思っている。ローラーに魔物と闘う力があれば殺されずに済んだのだから。そう思うと訓練にもおのずと力が入る。手加減は一応しているがカウナほどではないという自覚はある。かといってこれ以上手加減する気はない。手加減しまくりの訓練なんて訓練にならないからだ。
そんなヨハイの本気も分かっているから怪我をした生徒もヨハイを処罰しないでくれと懇願してきたしローレイもまたヨハイの本気を嬉しく思っている。なので今回は怪我をさせたがお咎めなしということにした。カウナやヨハイのように人間に協力してくれる魔物は本当に稀で貴重な存在なのだ。
しかしそのローレイの気持ちやヨハイの本気は一年生にはなかなか伝わらない。生徒たちにとってヨハイはただ強くて怖い魔物である。それで先ほどの反応なわけだ。ヨハイよりカウナがいいということ。もちろん手加減してくれるという理由で。


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