ローレイたちはブロンの森のすぐ傍にある簡易宿泊施設で一旦、体を休ませることにした。それでなくても観光客が来ないこの辺りに魔物たちが集まっているということでますます人影は少ない。 ローレイたちの他に宿泊客はなく、宿の亭主さえ「勝手に部屋を使え」と言い捨てて宿から去ってしまった。 そこにちょっと出かけていたトーマスが帰ってきた。トーマスはティアの姿を見るなり嬉しそうに駆け寄って来た。 「ティア!久しぶりだな!元気にしていたか?」 「うん。この通り元気。」 ティアはそう答えてにっこりと微笑んだ。 「そうか良かった。ところでアルクは?」 トーマスが何気に聞いてきた。途端にティアの瞳に悲し気な色が映る。 コナーたちもアルクがいないことを気にかけてここに来る前になんとなく「アルクは?」と聞いてみたら 「アルクとは別れたの。」と一言だけ答えて気丈に振る舞うティアがいた。 それを見たらそれ以上のことは聞けずにいた。だがトーマスは空気が読めないのか平気で聞いてくる。 「アルクと一緒にいないなんて珍しいな。ひょっとして喧嘩でもした?喧嘩するほど仲いいもんな。」 悲し気な笑顔を浮かべるティアを気遣ってコナーが空気読めよとばかりにトーマスの脇腹を肘でつついた。 「なんだよ。」 トーマスが怪訝そうな顔をしてコナーを見た。それに対してコナーが文句を言う。 「透視系のくせに本当あんたはちっとも成長していないのね。人の心が読めない、空気が読めない。」 「なんだと!?」 「なによ!」 喧嘩を始めそうなトーマスとコナーを見てティアは皆に気を遣わせては駄目だと思った。努めて明るい笑顔を作り 「アルクはソダム騎士団に入隊することになったの。それがアルクの人生にとって最良の道であり私もそれを望んだ。」 「ソダム騎士団!?」 コナーたちの顔色が変わった。魔術師たちなら全員思うところがある名前だ。 「よりによってソダム騎士団に行くとは何を考えているんだか。」 ジョルジュが呆れたように言った。 「でもそれが騎士の腕を磨く一番良い道なのよ。アルクの人生はアルクのもの。アルクの思うように生きて行って欲しい。それに私だってアルクがいなくてもやっていけるくらいに結界師としてもっと成長したいから。」 「おいおいそれ以上もっと強くなりたいってか。魔王になっちまうぞ。」 ジョルジュはティアをからかうように言ったがそれに敏感に反応したのはローレイだった。 「魔王なんて例えが悪いぞ、ジョルジュ!撤回しなさい!」 ローレイは怒っていた。ジョルジュは悪気がなかっただけにローレイの怒りにびっくりしたがすぐさま謝った。 「ごめんな、ティア。変なことを言って。」 「ううん、いいの。それに魔王を倒せるくらいに強くなりたいし。」 ティアは己の宿命も知らず無邪気な笑顔で微笑み返した。それがローレイの胸を締め付ける。そこでティアも気になっていることを聞いてみることにした。 「ところでコナー、ミズリーはどうしたの?ここには来ないの?」 「あぁミズリーなら結界師やめたわ。」 「え?なぜ?」 初耳とばかりに皆の視線がコナーに注目する。 「一年前に結婚して子供が出来たのを機に魔物退治をやめたのよ。以前から普通の妻になって欲しいと旦那から頼まれていたみたいだし、子供が出来たのは結界師をやめる良い機会だって言ってあっさりやめちゃったわ。」 「そうだったの。じゃあミズリーは幸せな家庭を築いているのね。」 「そうよ。傍から見て悔しいくらい。」 コナーはおどけながらそう答えた。
結婚を機にとか子供が生まれたのを機に魔術師をやめる者は少なくない。パートナーからそんな危ないことはやめてと頼まれることもあるし、自分自身で危ないからやめようと思いたち普通の生活に戻る者もいる。 それだけ魔物退治は危険を伴う仕事なのだ。いくら魔物たちに以前ほどの力がないとは言え魔物は魔物。対峙すれば怪我や死のリスクからは逃れられない。 ティアは一瞬ミズリーの生き方を羨ましいと思ってしまった。そしてその考えを慌てて打ち消した。私はなんてことを!個人の幸せなど、人々を守るという使命の遂行には邪魔なだけ!と自分に言い聞かせて。 そこへ治癒系のマリーがやってきた。 「あら、ティア。5年ぶりね。相変わらず美人さんね。その美しさと若さ私に分けて!」 マリーは半分冗談で半分本気でそう言いながらティアに抱きついてきた。ティアは照れながら 「マリーだって十分若いじゃないですか。私と3歳しか違わないのに。それにマリーはとても綺麗ですよ。」 「それもそうね。まだ私27歳だったわ。治癒系として働きすぎてすっかり年を取った気分になっていたわ。」 と言いながらマリーはあっけらかんと笑った。まるで同窓会のような和やかさだ。 この時、誰一人としてこの後にやってくる悲劇に気づけずにいた。
|
|