三人はそれから二日間汽車に揺られようやくダリジャンに辿り着いた。 ティアとローレイはこの国を訪れるのは生まれて初めてだがトレイは騎士の仕事として二度ほどここに来たことがある。ダリジャン国は国土の9割が深い森で覆われている国だ。なので人口はそう多くはない。そして国民のほとんどはブロンの森の木を伐採してそれを輸出して生計を立てている。ブロンの木は質が良いことで知られなかなかの人気なのだ。この国の住民はきこりのような生活をしている人がほとんどのせいか人見知りな人が多く、ブロン市で一番賑やかと言われている市場の通りを他国の者が歩いても呼び込みもしなければ目さえ合わそうともしない。誰にも関心を持たないのだ。ティアたちに対してもそうでこの国の人々は三人の姿を見かけても興味を示さなかった。 ごくたまに無骨な男が美しいティアの姿を見て立ち止まって凝視したりするがそれも一瞬のこと。基本、木しか興味がないらしい。それにしてもだ。ローレイとトレイはちょっと気になることがある。ローレイは隣を歩くトレイに話しかけた。 「なぁ、ここはブロン市で一番大きな市場らしいがやけに人が少ないと思わないか?」 「あぁそれは俺も思った。二年前にここに来たがもっと人はいたし、もっと賑わいがあった。たった二年でここまで人が少なくなるものだろうか。」 トレイは首を傾げた。通りを行く人が少ないだけではなく店自体が閉まっていて市場の機能を果たしていない。さながらシャッター街の様相を呈している。店が開いてないから人が少ないのか、それとも人が少ないから店が閉まっているのか。いずれにせよ寂しい光景である。その時だ。閑古鳥が鳴く市場通りに場違いなほど明るい声が響いた。 「あれ?もしかしてティアじゃない?ローレイ様もいる。どうしたんですか?」 ティアとローレイは驚いて声がした方を振り向いた。そこには満面の笑顔を浮かべるコナーとジョルジュがいた。なんという偶然だ。 「コナー!ジョルジュ!」 「やっぱりティアだ!」 ティアの表情がとたんに明るく輝きだした。懐かしい顔ぶれと思わぬところで再会出来た。 ティアとコナーが抱き合って再会を喜ぶ。コナーとは卒業後も手紙のやりとりをして近況報告をしていたが姿を見るのは5年ぶりだ。お互い魔術師として忙しい身なのだ。 「ジョルジュ、コナーどうしてお前たちがここにいるんだ?」 偶然過ぎる偶然にローレイが目を丸くしてジョルジュたちに尋ねた。 「僕の所にブロン市から魔物退治の依頼が来たんです。それで来てみたら偶然コナーがいて僕もびっくりしました。」 「!」 ローレイはそれを聞いて眉を顰める。するとコナーは懐から手紙を取り出しローレイに見せた。ティアの所へ届いた手紙と全く同じ内容の文面。 「私も依頼を受けました。驚きました。だってまさかジョルジュがいるなんて。それにトーマスも来ているんですよ。これはもう同窓会ですよ。」 「トーマスも!?」 コナーはこれは同窓会だとはしゃいでいる。だがローレイとトレイの表情は冴えない。それどころか警戒しているようだ。トレイはローレイにしか聞こえないような小さな声で耳打ちをした。 「どう思う?これはあまりに出来すぎな話だ。」 「私もそれが気になっている。」 ローレイは警戒していることをコナーたちに悟られないように努めて明るい表情を作り 「他にも誰か来ているのか?来ているとしたら会ってみたいな。」 するとジョルジュとコナーは首を縦に振った。 「他にもマリーがいます。今のところはそれだけです。」 「マリーか。」 マリーはティアと同じ年に卒業した治癒系の女性だ。ちなみに魔力自体はそれほど強くはない。コナーとトーマスはティアの一年後に卒業。依頼された魔術師たちはティアと同級生だったか同じ年に卒業した人に限られている。これは単なる偶然か、それとも何かしらの意図があるのか。 「トレイちょっと話がある。」 「分かった。」 ローレイはトレイを誘い出しティアたちに会話を聞かれない場所まで移動した。 「依頼を受けた者たちが狭い範囲に限定されているのが気になる。」 「どういうことだ?」 「ティアと同級生かティアと同じ年に卒業した者に限られているのだ。どうやってそのことを知ったか今のティアたちの居場所をどのように把握したかも気になっている。」 「お前はなぜそれほどティアにこだわる。ティアは確かにお前が話していた通り強い魔力を持っているようだが・・・。それに魔術師たちの居場所を知るのはそんなに困難ではないだろう?斡旋所に聞けばいいしそれが無理なら居場所を知っている誰かに聞けばいい。」 「それはそうなんだが・・・。」 ローレイは言いにくそうに押し黙ってしまった。ローレイが自分に言えないことがあるとすればあれしかない。 「まっ・・・まさか魔王の器!?」 トレイはローレイがずっと魔王の器候補を探していることだけは知っていた。それですぐに気づいた。トレイは恐ろしいほどに勘が良い。ローレイはこれ以上トレイには隠せぬと観念した。 「おそらくそうだ。」 「!!!」 トレイは驚愕して遠くに見えるティアを見つめた。 「あの子が・・・。」 「ティアには強力な封印がされている。魔力を半減させる封印となんらかの系統を隠す封印だ。」 「封印がもし一解除されたらどうなるんだ!」 「魔王に見つかり乗っ取られる恐れがある。」 「そんな・・・。」 トレイはかなりショックを受けている。あんな優し気な顔をした子が魔王になってしまうなんて考えたくもない。 「とにかく依頼を出した者が誰なのか分かればいいのだが。魔物なのか黒魔術なのか。」 「しかし黒魔術がティアやティアに関りがある者を狙い撃ちにする理由が見当たらないぞ。魔王と組んでこの世界を支配しようと企んでいるとしたら話は別だが。」 「その可能性は無きにしも非ずだ。魔王が黒魔術師の力を借りてこの世界に降臨しこの世界を支配しようとしているのかもしれない。あるいは魔王に関係なく黒魔術の単独によるものか。」 「どうやってそれを探る?」 「まずはどうしてティアや同級生に狙いを絞ったかだ。斡旋所の登録は卒業した順ではなく、系統ごとに登録をしていく。それにティアたちはそれぞれ各地に散って活動をしている。それぞれに魔物退治の依頼は受けることはあるだろうがティアやコナー、ジョルジュたちの年齢はバラバラだ。なのになぜある年代に限定されて手紙が送ることが出来たのか。考えられる方法は一つ。卒業名簿を奪ったか、盗み見たかだ。」 「卒業名簿には現在の居場所が書かれているのか?」 「あぁ、卒業生には何かあった時の為に現在住んでいる場所を我々に逐一報告するようには言ってある。まぁそれでも面倒くさがって報告してこない者も多いがな。ここに来た者たちは律儀に報告していた者ばかりだ。」 「それなら依頼を出した範囲が限定されているのも分かる。同じページに書かれているだろうから。」 「そうだ。今から5年前、あるいはその一年後に卒業した者は同じページに書かれている。卒業名簿を探れば何か出てくるかもしれないな。」 「で、どうする?」 「ポールに探らせることにする。」 ローレイは懐のポケットから何やら黒い箱を取り出した。大きさは3cmくらいだ。 これは魔電話と呼ばれる魔道具の一つだ。今でいう携帯電話の役割を果たしている。 しかし魔電話を使うには条件がある。それは魔電話を掛ける者、もしくは受ける者のどちらかが操作系でなくてはならない。操作系が掛ける方か、受ける方のどちらかにいればこの魔電話を使用することが出来る。 幸いなことにポールは操作系でありいつも胸のポケットに入れている。ローレイは辺りを見回し周りに人がいないことを確認する。 ほとんどの店は閉まっているがそれでも2、3開いている店があった。ふとローレイの目に客が一人もいない青果店が留まった。店の奥から店主が出てきて突然ぼやき始める。 「まったくブロンの森に魔物たちが集まってきて物騒で仕方がない。おかげできこりたちが怯えて全員ここから離れるわで商売あがったりだ、まったくいい迷惑だ、糞っ!魔物の野郎!!」 店主は吐き捨てるように言った。ローレイはそれを聞き逃さなかった。 「どうやら魔物が集結している話は本当のようだな。」 ローレイは気を引きしめた。
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