ティアがヘロン魔法学校に来るのは5年ぶりだ。卒業してすぐにアルクと一緒に生まれ故郷に戻りそれっきりここには来ていない。 ティアはとても懐かしい気持ちになり深呼吸をした。慣れしたしんだ空気を肺いっぱいに吸い込み学生時代のことを思い出す。 アルクの顔が思い浮かんだ。ここはアルクと初めて会った場所。切なくなる胸を振り払うように再び歩き出した。 感謝祭の休暇に入っている校舎には生徒の影はなくどこか物悲しい雰囲気を漂わせている。ティアは殺風景の校庭を横切りローレイがいるであろう校長室に向かった。 校長室の扉をノックする。扉はすぐに開いた。ローレイが満面の笑みでティアを迎え入れる。 「やぁ久しぶりだな、ティア。5年ぶりか。」 「お久しぶりです、ローレイ様。」 ティアもにこやかに挨拶を交わした。 「ローレイ様は私がここに来ることを知っていたのですか?」 「なぜそう思う?」 「私を見てもあまり驚かないというか。当たり前のように迎え入れてくださったから。」 「あぁそれなら校門のところの監視玉にティアの姿が映っていたからな。ティアを見た時はとても驚いたぞ。」 監視玉とは魔道具の一種で水晶玉で出来ている。監視カメラのような役割を果たしている。魔力がある者なら誰でも見ることが出来るもっともポピュラーな魔道具だ。 「監視玉ですか。そういえば学校に張られている結界も私が在籍していた時より強いものになっていますね。随分と警備を強化したみたいな印象を受けました。」 「あ・・・あぁ、そうだな。用心に用心を重ねた方がいいと思ってな。大事な魔術師の卵を親御さんから預かっていることだし。」 「そうですね。」 ティアはニコリと笑顔を浮かべた。ローレイは内心ティアの勘の鋭さに感心した。それはそうと。 「アルクはどうした?後から来るのか?姿が見えないが。」 ローレイの問いにティアの表情が曇った。ただことではない空気を醸し出すティアに聞き返す。 「アルクと喧嘩でもしたのか?」 「いいえ・・・。」 ティアは答えづらそうだ。しかし答えないわけにもいかない。これからは自分一人で魔物退治をしていくのだから。その為にここに来た。 「実は・・・。」 ティアはアルクとのことをすべて話した。アルクとはもう二度と会うことがないこと。そのことに驚愕し酷く狼狽するローレイ。ティアはローレイのあまりの動揺ぶりを不審に思った。 「ローレイ様?」 「あ・・・いやなんでもない。あれほど仲の良かったお前たちが離れ離れになるなんて想像もしていなかったものだから。」 ローレイは慌ててその場を取り繕ったが心の内では凄く焦っていた。 ティアは魔王の器候補なのだ。だからホゼに監視させていた。そのホゼがしばらくティアの監視役から外れることを許可したのはティアのそばに常にアルクがいたからだ。安心して任せられたのにそのアルクまでティアの元から離れるなんて・・・。 早急に代わりの監視役を探さないといけない。そしてなによりあれほどお互いを必要としあい想い合っていた二人のことを考えるとこの結末に大きな衝撃と深い悲しみを感じた。 人の心は思い通りにはならない。自分の心さえ思い通りにならないのだからましてや他人の心など思い通りになるはずがないのだ。 ローレイはこの世の無情を恨んだ。辛そうに黙してしまったローレイの気持ちを察したのかティアはこの空気を変えたくて本題に入ることにした。 「それでこれから私一人で魔物退治をする為の魔剣を授かりたくてここに来たのです。実はこんな依頼が来てまして。」 「依頼?」 「はい。」 ティアは鞄からあの手紙を取り出してローレイに見せた。それを読んだローレイはティアと同じく違和感を持ったらしく眉を顰めた。 「この手紙何か引っかかるな。まるで他人事のように淡々としている。」 「実は私もそう思ったのです。ですが元々そういう書き方をする人かもしれませんしブロンの森へ行ってみようと思います。」 「うーん。」 ティアの言葉を受けてローレイは考え込んだ。そして 「私も一緒に行こう。」 「え?」 ティアは驚いた。しかしローレイが一緒なら心強い。心の中に安堵が拡がっていく。 「ではお願いします。あの、それで私の魔剣は?」 「うむ。魔剣を作るのは帰ってきてからにしよう。今は一刻も早くブロンの森に行かなくては。」 「分かりました。」 「念のためにトレイも連れて行くことにする。」 「トレイ?」 ティアは初めて聞く名前だった。 「あぁ、トレイはティアが卒業した後にここに来たから知らないか。優秀な騎士だよ、私の相棒だ。」 「そうなんですね。」 ローレイはトレイを信頼しているのだろう、顔にそう書いてあった。 「トレイを呼んでくる。少しの間ここで待っていてくれ。」 「分かりました。」 ローレイはティアを校長室に置いて厩舎に向かった。トレイはたいていこの時間は愛馬の世話をしているのだ。案の定トレイは厩舎で愛馬のブラッシングをしていた。ローレイは声を掛けた。 「トレイ、これからすぐにダリジャン国のブロン森の神殿に向かう。お前も一緒に来てくれ。」 「ダリジャンに?何かあったのか?」 「ブロンの森に魔物たちが集まっているという情報が入った。そこに来てくれという依頼がティアに来たようだ。だがこれは罠かもしれん。罠を仕掛けたのが魔物なのか黒魔術なのかは行ってみないと分からん。もしかして本当に魔物が集結しているかもしれない。」 「ティアってお前が日ごろから話している優秀な結界師か。」 「そうだ。」 「分かった、すぐ出かける準備を整える。30分待ってくれ。」 「了解。校門で待っている。」 ローレイが頷くとトレイは急いで自分の魔剣が置いてある部屋へと駆けて行った。ローレイはそれを見届けると今度はポールがいるであろう教頭室に向かった。 ポールは休暇を終えて戻ってくる生徒たちのカリキュラムを作成している。机に向かって書き物をしているポールにローレイは話しかけた。 「ポール、急ですまないがこれから私とトレイとティアでダリジャン国のブロンの森に行ってくる。しばらくここを留守にするがその間お前がここを守ってくれ。」 「ティアと?なんでまたティアと?」 「ティアは今ここに来ている。」 「なんですと!どこにいるんですか?」 ポールはこうしてはいられないと慌てて席を立った。久しぶりにティアの顔を見られるとあってポールの表情はほくほく顔だ。 「すまないが、今すぐ出かけなくてはならない。ティアと会うのはダリジャンから帰ってきてからにして欲しい。ティアの魔剣を作るのでまたここに立ち寄ることになる。」 「ティアが魔剣を?アルクはどうしたんですか?」 するとローレイは表情を曇らせた。 「ローレイ様?」 「アルクはちょっとわけがあって今はいないが大丈夫だ。私とトレイがついているし何よりティアは己の身を守る術を持っている。」 「分かりました。ではティアとの再会はもう少し後の楽しみにとっておきます。」 ポールはそれ以上詮索せず快くローレイたちを送り出した。 準備を整えたトレイがローレイとティアと合流した。ティアはトレイを初めて見るので会釈をしてさっそく挨拶をする。 「初めまして、ティア・アムスです。よろしくお願いします。」 「こちらこそ。私はトレイ・ハドソンだ。よろしく頼む。」 二人は固い握手を交わした。 「行くぞ。」 ローレイが出発の合図をしてティアとトレイが深く頷いた。
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