それから10分くらい経った頃だろうか。 チリーン、チリーン。再び呼び鈴が鳴った。 「アルクかな。それにしては戻るのが早すぎるけど。」 ティアは不思議に思いながら扉を開けた。 「!!」 そこにはアルクとキスをしていた金髪の女性が立っていた。 「こんばんは。初めまして、ティア。私はナタリー・ミサよ。よろしく。」 「・・・初めまして・・・。」 ティアは激しく狼狽した。一体何の用でここに来たんだろう。警戒心を募らせる。 「あなたに話があって来たの。どうやらアルクはいないようね。」 馴れ馴れしくアルクと呼ぶナタリーにティアはちょっとムッとした。 実はナタリーはアルクが家にいないのを知っていてここに来たのだ。ティア一人になるのを待ちながら家の外の物陰に隠れてずっと家の様子を伺っていた。先ほどアルクがホゼと一緒に出掛けたのを見て千載一遇のチャンスだと思い呼び鈴を鳴らしたというわけだ。 「どうぞ中へお入りください。」 本当は家に入れたくないけれど礼儀として勧めた。その時、ナタリーのすぐ後ろに屈強な男が立っているのに気づいた。 「そちらの方はどなたでしょう?」 「あぁこれ。これは私のボディーガード。夜道を女一人で歩くのは心細いでしょう?だから雇ったの。」 雇ったというのは大嘘でさっき町で見かけた男を逆ナンパしたのだ。 「そちらの方も中へお入りください。」 ティアが中へ入るように勧めるとナタリーは大きく肩をすぼめた。 「あらそんな気を遣わなくて結構よ。この男はボディーガードなんだから。トム、外で待っていて。ティアと二人きりで話がしたいのよ。」 どうやらこの男はトムという名前らしい。ナタリーはシッシッと追い払う仕草をした。トムはそれに従順に従った。ナタリーはこれでやっと話が出来ると思い、強引に扉を閉め、勝手に家に上がっていく。 「あの・・・。」 ティアはナタリーの強引さに戸惑った。ナタリーはお構いなしに客間のソファーに座った。この挑発的な態度は明らかにティアに喧嘩を売っているようだった。ナタリーは辺りを見回すとくすっと笑った。 「思っていたより小さな家ね。家具も質素なものばかり。あなたの趣味かしら?」 ナタリーの一言一言が嫌味臭い。ティアは相手にせずに紅茶をいれようとキッチンに行こうとする。するとナタリーはそれを呼び止めた。 「お茶はいらないわ。話が終わったらすぐに帰るから。」 「そうですか。」 では、とティアもソファーに腰掛け対峙した。ナタリーはティアの頭のてっぺんから爪先を不躾な視線でじろじろと眺め値踏みする。 「どこからどう見ても女にしか見えないけれど、でもよく見ると胸はほとんどないし細くてあまり肉付きもよくないし言われてみれば両性体って感じ。あなた両性体なんでしょう?そういう噂は耳に入っているのよ。」 ナタリーは一瞥しながら言い放った。ティアは侮辱されたと思って腹立たしくなった。 「何が言いたいのですか。」 ティアも負けじと応戦する。 「何年も一緒に暮らしていてまだ両性体ということはあなたとアルクは肉体関係は持っていないということね。」 初対面の相手にこんなことを言うなんてあまりに不躾であまりに下品な話だ。 「お帰り下さい!!」 ティアはとうとうキレた。怒りをあらわにしながら立ち上がり客間の扉を開け帰るように促す。 「まぁそう怒らないでよ。アルクにとっておきのいい話を持って来たんだから。」 「いい話?」 ティアは怪訝そうにナタリーを見つめる。 「あなたもソダム騎士団のことは聞いたことあるでしょう?」 ソダム騎士団、確かにその名は聞いたことはある。というかその名前を知らない人はなかなかいない。ティアは頷いた。 「あの誉れ高い騎士団にアルクを入隊させたいとソダム国王が言っているのよ。」 「!!」 衝撃的な話だ。ティアは驚愕した。まさかあの騎士団からお呼びがかかりしかも一国の国王が入隊を勧めるなんて・・・。 「これはアルクにとってまたとないチャンスよ。騎士団に入れば地位も名誉も手に入る。ソダム国民からは英雄だと称えられアルクの名は世界中に轟くのよ。」 「・・・。」 ティアはなんと答えていいか分からなくなった。アルクは地位や名誉を欲しがる人間ではない、誰かから英雄だと称えて欲しくて騎士をやっているわけではない。それは10歳の時からずっとアルクの傍にいるティアだからこそ分かること。しかしナタリーは熱弁をふるうことをやめない。 「アルクは何十年、いや100年に一人という逸材よ。それを魔物退治ごときで人生を終わらせていいと思う?」 「ごときって・・・。」 ティアは眉をしかめた。魔物退治ごときなんて言っていいはすがない。アルクの手腕によって人間たちが救われているのだから。ティアの機嫌がすこぶる悪くなったのを察したナタリーだがそれでも続ける。 「だってごときでしょ?近頃の魔物はすっかり魔力を弱めていて人間にたいした悪さが出来ないみたいじゃないの。そんな小物ばかり相手にさせてアルクの騎士としての腕は鈍る一方よ。それでいいの?」 ティアは言葉を失った。確かに魔物がその魔力を半減させているのは事実だ。その原因がなんであるかは分からないが。 「アルクほどの騎士としての才能にたけた者が魔力が弱まった魔物退治で満足出来るとあなた本気で思っているの?」 「・・・それは・・。」 アルクに今の生活が満足かどうかなんて聞いたことなど一度もなかった。だってこの生活が当たり前だと思っていたから。戸惑うティアをナタリーが畳みかける。 「アルクには偉大な騎士としての才能とカリスマ性がある。ソダムに入団すれば出世への道は開けるわ。団長にだってなれる!」 ナタリーはドヤ顔で言い切った。しかしティアには納得出来ない。 「でもアルクは出世とかに興味ないわ。」 ティアの反論にナタリーは憤慨した。私はアルクのことならなんでも知っていますと言われた気がしたからだ。 実際ティアの方がナタリーより何十倍も何百倍もアルクのことを知っているのだが。というかナタリーはアルクのことを何も知らない。そこでナタリーは作戦を変えることにした。 「魔物よりも人間の方が何倍も恐ろしいとは思わない?」 「え?」 ナタリーの突然の変化球にティアは戸惑う。 「魔物はせいぜい一人や二人の人間をさらって傷つけるのが関の山だけど、人間は違うわ。ひとたび戦争が起きれば人間は人間を何万人と殺す。国や宗教が自分とは違うという理由だけでよ?」 「・・・。」 「この人間の愚かな暴走を止められるのはアルクしかいないわ。アルクにこの世界の平和に貢献して欲しいのよ。それがアルクにとっても生き甲斐になるはず。魔物退治に明け暮れて人生を終えていくアルクに果たして生き甲斐があるのかしら。」 ナタリーの言葉はティアに衝撃をもたらした。 アルクの生き甲斐。そんなこと今まで考えたことがなかった。いつも自分の生き甲斐にだけ目を向けて満足していた。アルクが生き甲斐を感じているのかどうかなんて知ろうともしなかった。動揺するティアの様子を見てナタリーはしめた!と思った。堕ちたと思った。もう一押しだと畳みかける。 「今の生活に生き甲斐を感じることはなくても魔物退治を続けるのはあなたに義理を感じているからじゃないかしら?」 「義理?」 「あなたの傍にいることが自分の義理であり義務だと思っているのかもしれない。もしそうだとしたらアルクの翼を縛って飛べない鳥にしているのはあなたよ。」 「!!」 私がアルクを飛べない鳥にしている。アルクの自由を奪っている。これがもし事実なら自分はなんと罪深いことをしてきたのだろうと思った。 胸が締め付けられ呼吸もままならない。ティアの背中に冷や汗が流れていく。ナタリーはティアの激しく動揺する姿を見て勝利を確信する。 「私はアルクに何百万人の人間の人生を救って欲しいだけ。そしてそれを生き甲斐にして欲しいのよ。あなたもそう思うでしょう?」 実のところナタリーは本気でアルクが何百万人の人の命を救えるなんてこれっぽっちも思っていない。本当は全くの赤の他人が何万人死のうが関係ないし興味ないと思っている。 アルク一人が騎士団に入ったところで何も変わらないし戦争も止められない。人ひとりの名前で戦争が終わるほどこの世界は生易しいものではないとも分かっている。 ただ有名な騎士の名前と顔が欲しい国王の奸計に乗っただけだ。この勧誘が成功すれば国王からたんまりと褒美がもらえることになっている。それがナタリーの真の目的であった。 その為にアルクに色仕掛けしたり生き甲斐というワードを持ち出してしてティアの心を揺さぶった。効果はてき面だ。ナタリーの瞳の奥が狡猾に鈍く光る。
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