アルクはガーリックをたくさん買い込み急いで家に帰った。玄関の前で大きく一つ深呼吸をしてナタリーとのことを記憶からかき消す。 「ただいま。」 アルクは努めて明るくドアを開けた。 「おかえりなさい。」 ティアはアルクの顔を見た途端ナタリーとのキスの場面を思い出して動揺するがそれを必死で隠しながら笑顔で迎えた。 「さっそくパスタに取り掛かるぞ。」 「た・・・楽しみ。」 ティアはぎこちなく笑顔を作るがアルクはそのことに気が付かない。 アルクはキッチンに立ち早速ガーリックパスタを作り始めた。ティアはサラダやスープを並べてパスタが出来上がるのを待つ。 アルクの背中に「あの人は誰?」と声なき声で問いかけたが、口に出す勇気はない。 パスタが出来上がった。出来たてほやほやで湯気が立ち上っている。 「さぁ召し上がれ。」 アルクがどや顔で勧めてきた。ティアは「いただきます。」と手を合わせパスタを一口食べた。いつもと同じおいしさである。ティアが大好物だからとアルクが丹精込めて作ったパスタ。アルクの優しさに涙が出そうになった。 「おいおい、泣くほどおいしいのか?」 アルクが嬉しそうに聞いてくる。 「うん、とても。」 アルクはその言葉を待ってなしたとばかりに満面の笑みを浮かべ自分もフォークを手に取った。 「うん、我ながらうまいな。俺は料理の天才だ。」 自画自賛をするアルクにティアは微笑みを返す。ティアももう一口食べ進めたがどうにも味がしない。どうしてもアルクとナタリーのキスの場面が頭にこびりついて離れないのだ。ティアのフォークを持つ手が止まった。いつもとは違うティアの様子にアルクは首を傾げる。 「どうした?あまりおいしくないか?」 「ううん、おいしい。でもアルクが帰ってくるのが待ちきれなくてパンをつまみ食いしてしまったからちょっとお腹がいっぱいで・・・。でもこのパスタは美味しいから別腹だよ。」 ティアは嘘をつきながら無理矢理笑顔を作ってパスタを食べ進めていく。 「待ちきれなくてつまみ食いか。まったくティアは食いしん坊だな。」 アルクはティアの気持ちも知らずにからかう。ティアは「そうかも。」と返すだけで精一杯だった。二人は綺麗さっぱりパスタをたいらげフォークを置いた。 「ごちそうさま。」 「ごちそうさまでした。」 アルクは皿を流し台に置きに行く。ティアはその後ろ姿を見つめている。あの女性とアルクの関係性を知りたい。なぜキスをしていたのか。アルクはあの女性のことが好きなのか本音を知りたい。 でも聞けなかった。聞いたら最後、アルクは自分のことを疎ましく思って自分から離れてしまうのではないかと恐れたのだ。 そんな心ここにあらずのティアの様子にアルクが気づいた。 「どうしたティア。なんか元気ないぞ?」 「え?あっ・・・あの・・・ちょっと疲れているみたい。少し横になったら大丈夫。」 「そうか、それならちょっと休んだ方がいい。後片づけは俺がしておくから。」 「ありがとう、そうすることにする。」 ティアはアルクの好意に甘えることにした。アルクの顔を見ていると胸が苦しくなるから早く一人になりたかった。ティアはそそくさと自分の部屋に戻るとベッドの上に倒れこんだ。 ティアは思った。この胸の痛みはなんだろう。アルクに対してもやもやした気持ちが拭えない。なぜあんなにもあの女性のことが気になるんだろう。私とアルクは友人であり親友であり魔術師と騎士、それだけの関係なのに・・・。 ティアは胸に渦巻く感情の正体を知りたくなかった。もしそれを知ってしまえば今までの自分の生き方や人生の目標を全否定することになってしまいそうな予感がしたのだ。ティアはズキズキと痛む胸を押さえながら頭から布団をかぶった。そうこうしている内に本当に眠ってしまったのである。心も体も疲れ果てていたのだろう。 どれくらい眠っていただろう。ティアはふと目を覚ました。 「いけない!」 ティアは慌てて飛び起きた。窓の外を見ると空が夕暮れの色に染まっている。慌てて乱れた髪を整えリビングに向かった。アルクはリビングで静かに本を読んでいた。ティアが来たことに気づくとにこやかに声を掛けてくる。 「おっ起きたか。少しは疲れは取れたか?」 「・・・う・・・うん。だいぶ取れた。」 「そうか、それは良かった。」 アルクの優しい笑顔を見たティアの心に込みあがって来るものがある。アルクはこんなに私のことを思ってくれている。それだけで十分ではないか。もうあの人のことを考えるのはよそう。心にそう言い聞かせた時だ。
チリーン、チリーン。玄関の呼び鈴が鳴った。 「誰だろう?」 二人は顔を見合わせ玄関の扉を開けた。 「こんばんは。ご機嫌いかがかね。」 ホゼだった。アルクは目を丸くし 「どうしたんですか?珍しいこともあるものですね。」 「珍しい?」 「夕方に尋ねてくるなんてめったにないではないですか。夜道を帰るのは魔物に出くわしそうで怖いとか言って空が明るい時しか尋ねてこないから。」 ホゼは魔術師のくせに魔物が怖いと言い出すのだ。 「いや、だって怖いものは怖いじゃろう?目が三つもあるとか頭の後ろにも目がついているとかわしはどうも苦手じゃ。」 「まぁそれはそうですけど。」 二人は苦笑いをした。 「どうぞ中へお入りください。なんだったら今晩はここに泊まっていってください。」 ティアがにこやかに勧めた。しかしホゼは 「気持ちだけありがたく頂いておくよ。でもすぐに帰るからここでいい。挨拶に来ただけじゃからな。」 「挨拶?」 「あぁ少しの間、この町から離れることにした。」 「え?」 「実はタイラ国の国王からぜひうちに来て負傷者の治療をして欲しいと頼まれたのだ。」 「タイラ国・・・。」 その言葉を聞いた途端アルクは眉を顰めた。 「どうしたのアルク?」 「いや、なんでもない。」 「つい最近までソダム国とタイラ国が戦争をしていたのはおぬしらも知っておろう?この度やっと終戦したわけだが負傷者の数が膨大でとてもじゃないが医者の数が足りないらしい。そこでわしに白羽の矢が立ったというわけだ。いやぁ人気者は困るなぁ。」 ホゼはおちゃらけながら説明した。 「そうですか。どれくらいの期間行くのですか?」 「半年くらいと言われた。それ以上は年寄りにはきつい。」 「半年ですか・・・。ホゼがいないのは寂しいですけど人助けですものね。」 ティアが優しい笑顔で言った。それを見てアルクの心がチクッと痛んだ。自分は人助けもしないでティアと共にいることを選んだ罪悪感。後悔はしていないが。 「半年経ったら戻ってくるさ。それまでこの町を頼んだぞ。」 「はい。」 二人は心得たとばかりに元気よく応えた。ホゼが帰ろうとする。 「あっ、待ってください。家まで送りますよ。」 アルクが申し出た。ホゼは待ってましたとばかりにニヤリと笑った。 「そうかい、それじゃあ送ってもらおうかね。」 「ホゼを送ってくるよ。」 「うん、気を付けていってらっしゃい。」 ティアは心よく二人を見送った。
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