所変わってここは魔界。太陽の日差しはここにはほとんど届かない。空はいつもどんよりとした灰色だ。大気はおどろおどろしく重い。仮に人間がこの大気を肺に吸い込めばすぐに息苦しくなり30分と息が持たなくなるだろう。肌に触れただけでただれそうな刺激の強さだ。 魔界の森は緑色ではなく黒い。葉も黒ければ幹も黒い。大地は乾燥しきっていてひび割れた大地が地平線の果てまで続いている。 魔物たちが生まれ、生きる場所。多くの魔物はこの魔界で一生過ごすが、たまに人間界へ出向く魔物がいてそいつらが人間界で悪事を重ねるのだ。 魔物たちは人間界に行くことが出来る。人間界と魔界を繋ぐ場所が世界に一か所だけあって、そこから魔物たちが出入りするのだ。魔物は人間界の大気を吸っても支障はないが魔王だけは違っていた。魔王は魔界の化身のようなもの、魔力が強すぎる分、人間界の大気は魔王にとって毒なのだ。人間界の大気は清すぎる。 魔王は闇の姿をしている。その姿のまま魔界に君臨している。一日中、夜みたいな世界の中に建てられた漆黒の城の中に魔王はいる。魔王の目の前には場違いなほど美しく輝く水晶の玉がある。 そしてその場所には一人の獣型の魔物とビレモと呼ばれる人型の魔物が二人、魔王の前でひざまづいていた。 ビレモは魔物の中でも知能指数が高く、姿形も人間に近い。人間との違いといえば頭に角が三つ生えていることくらいだ。 魔王が口を開いた。その声は頭の中に直接響いてくるような不気味なほどの重低音で。 「我の器はまだ見つからないのか。一体いつまで時間をかけるつもりだ。」 すると獣型魔物が慌てて答える。 「もうしわけありません、魔王。世界中の魔術師を監視し探しているのですがいまだ見つからず。」 「見つからずではない!見つけるのだ!」 「はっ・・はい。しかし魔王、お言葉ながら魔王に匹敵する魔力を持つ治癒系の人間など本当に存在するのかどうか・・・。」 この言葉が魔王の逆鱗に触れてしまった。魔王の魔力が禍々しいほどに上がっていく。その場にいる者たち全員この状況に恐れ慄いた。 「お前は我の言葉を疑うというのか。」 地を這うような魔王の声。思わず疑いの発言をしてしまった魔物は動揺しまくり脂汗が噴き出てくる。 「いいえ!決してそのようなことはありません!魔王の仰せの通りに器探しに全力を出します!」 弁明するその声は震えている。魔王の恐ろしいまでの魔力が上がる一方だ。 「お前たちは我の言葉だけに忠実に従えばいい。我が右を行けと言えば右を行け、左といえば左に行け。止まれといえば止まるのだ。死ねと言えば死ね!」 魔王の容赦ない言葉が配下の魔物たちを震え上がらせた。 「魔王お許しを!!」 「ならぬ。」 それが魔王の死刑宣告だった。 ぎゃややややああああ。苦し気な悲鳴が上がり、魔王に口答えした魔物の体がどんどん内側から膨れ上がっていく。そしてやがて パァン!!グチャア・・・っ!体は破裂した。肉片がビレモたちの顔にかかる。 「!!」 ビレモは恐怖で身動き一つ出来なかった。魔王によって抹殺された魔物は決して弱い奴ではない。 むしろ魔王の下に位置するビレモと並ぶくらいの魔力の持ち主だ。それでも赤子の手をひねるようにこうもいとも簡単にやられてしまう。それほどでに魔王の魔力は凄まじいのだ。 魔王は何事もなかったような抑揚のない声でビレモたちに告げる。 「我に逆らったらお前たちもこうなる。よく覚えておけ。」 「かしこまりました。」 ビレモたちは肝に銘じた。恐ろしくてとてもじゃないが誰も歯向かえない。するとビレモの一人が何を思ったか恐る恐る魔王に進言を始める。 「魔王はヘロン魔法学校というものをご存じですよね。」 「ヘロン?あぁもちろん知っている。その中に器がいるのではないかとずっと探しているがどれもこれもたいした魔力を持たないガキばかりだ。たまに見込みがありそうなのがいるがそういう奴に限って治癒系ではない。だが・・・。」 「だが?」 ビレモたちは魔王の言葉の続きを待った。 「もし治癒系であることを隠していたら・・・。」 「隠す!?」 「あぁもしかして本来持っている魔力を封印し、治癒系であることも封印して隠している可能性も考えられる。」 「封印ですか。それはありえますね。しかし一人の人間に備わる系統は一つと言われています。二つも備わることなどありえるのでしょうか。」 「今まではなかったというだけかもしれん。あるいは今まで我らが気が付かなかっただけかもしれん。」 「なるほど。本来の力を封印して我々の目から逃れていたわけですか。となると捜索の範囲は広げた方がいいですね。封印といえば結界系か。」 「いや、範囲を狭めるな。結界師は自分にも他人にも封印を施すことが出来る。治癒系や結界系にこだわらず世界中の魔術師に目を光らせろ。」 「了解しました。」 とは口では言ってみたももの捜索範囲がこれまでと比べ物にならないくらいに広がったということだ。ビレモは内心げんなりした。無茶過ぎますなんて口が裂けても魔王の前では言えないが。 「それはそうとカウナとヨハイはどうしましょうか。」 「カウナとヨハイか。」 魔王も心当たりがあるようだ。 「はい。あいつらは人間に協力している裏切り者です。今すぐ抹殺すべきなのでは?」 「では聞くがそれがお前に出来るか?」 「そ・・・それは・・・。」 魔王に逆に問われビレモは返答に困った。 「カウナとヨハイのいる森の結界の中にはお前たちでは入れまい。お前たちが入れないのにそれより劣る他の者がどうやって入れる。あの結界を破れるのは我だけだ。だからこそ人間界に降臨する為には器が必要なのだ。我が降臨した暁にはまず手はじめにカウナとヨイハを抹殺し、次に人間どもを蹂躙し人間界を支配する。魔術師たちは皆殺しだ。」 魔王の凄まじい野心と恐怖政治にビレモの背筋も凍った。 しかし魔王が人間界に行けば自分たちの魔力も増大し、人間界で思い存分暴れることが出来る。願ったり叶ったりだ。 「ははぁ。」 ビレモたちはひれ伏した。魔王の目の前にある水晶玉には人間界の様子が映し出されていて、魔王はこれを通して己の器を探しているのだ。魔王は決して器を探し出すまで諦めない。
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