ティアとアルクが魔物を退治したと分かった村人たちは飛び上がって喜んだ。そして一斉に行動を開始する。 「皆!早く消化を始めるんだ!水をどんどん持ってこい!」 「早く水を撒け!まだ焼けていない家もある!怪我人がいないか確認するんだ!」 村人たちは互いに協力し合いバケツリレー方式でどんどん水を運び込んだ。そして次々と水をぶっかける。それでも火の勢いは衰えない。ティアはこれ以上の延焼を防ごうと、炎を結界の中に閉じ込めた。 「くっ・・・!」 ティアが辛そうに顔を歪めた。結界の術者にも火の熱さが伝わってくるがティアは必死でそれに耐える。 「ティア!無理するな!消化は俺にまかせろ!」 アルクはティアの体を心配した。 「私は大丈夫よ。それより早く火を・・・! アルクは頷き、ものすごい勢いで水が入ったバケツをかき集めた。怪力にものをいわせ怒涛の如く水を浴びせかける。 「おぉ!!」 二人の懸命な姿を見た村人たちは感嘆の声を上げた。 自分たちも負けじと熱さと煙に耐えながら消火活動を続ける。その甲斐があって一時間後、火は無事消し止められた。 皆、顔じゅうをすすだらけにして誰が誰だが分からない。それぐらい必死で消化した。最後の火が消えた時、村中の皆が歓喜の涙を流しながら安堵した。 そんな姿を見たティアとアルクもまた心の底から安堵する。村人たちはティアとアルクの手を取り 「ありがとうございます。ありがとうございます!」と何度も感謝をする。 「いいえ、これは私たちの仕事ですから。」 ティアは謙遜しながら照れくさそうに答えた。すると村人たちは次から次へと愚痴を始めた。 「いやいや、昨日逃げ出した魔術師にあなたたちの雄姿を見せてやりたかったよ。」 「そうよ、そうよ。あの尻尾を巻いて逃げた魔術師は魔術師の風上にも置けないわ。魔術師斡旋所に言いつけてやる!」 「高い報酬貰っているんだからちゃんと仕事しろっていうの!」 ティアとアルクはなんと答えていいか困ってしまう。ティアは憤慨する村人の気持ちをなだめるかのような優しい口調で 「その魔術師はきっと火が得意分野ではなかったのだと思います。私たちにも得意分野、不得意分野がありますので。もし水や氷を操作出来る術師でしたらヒハイエナに立ち向かっていったと思います。だからあまりその術師を責めないでやってください。」 「しかし・・・。」 村人たちは納得出来ないようだ。まだ何か文句がありそうな表情をしていたが、魔物を退治した二人の前でそれ以上のことは言えなくなり口を噤んだ。
アルクは複雑な心境になる。元々村人たちが魔術斡旋上に始めから連絡していればヒハイエナ退治に適した魔術師を送り込んだはずなのだ。 それを状況も知らせずにその辺にいる魔術師に頼み込んでも、攻撃系でない限り無理な話というもの。幸い今回は火も結界出来る優秀な結界師と相当腕の立つ騎士だったから解決出来たようなもので。説明もなしにいきなり魔物を退治しろと迫るのはどうかと思ったのだ。
それにこの村人たちに限らず魔力を持たない人間たちの中には魔術師がその命を賭して魔物退治をするのは当たり前だと思っている節がある。魔術師は殉職もやむなしという考えを押し付けてくる輩もいる。 しかし魔術師だって人間なのだ。その人間にも大切な家族や恋人や友人がいる、自分自身の命だって大切だ。 それなのに殉職しろなんてあまりに横暴ではないか。アルクの中に憤りが沸き上がって来る。ティアはアルクの気持ちを察したのかそっとアルクの手を握りしめた。アルクは驚いてティアを見た。ティアは深く優しい眼差しでアルクを見上げる。 アルクのささくれ立っていた心が途端に癒されていった。そして同時に村人たちへ不信感を持ったことを反省もした。
ティアとアルクは村人たちの心からの感謝を貰いその村を後にした。 振り向くと村人たちがまだ手を振ってくれていた。それだけでティアとアルクはここへ来て良かったと思える。
帰りの汽車の中でアルクは車窓の外を流れていく景色を見つめていた。ここのところよく聞く「魔王の器」という言葉が気になって仕方がない。色々不安になって考え込んでいると肩に少しばかりの重みとぬくもりを感じた。 「?」 アルクが肩を見るとティアが自分の肩にもたれかかって眠っているのだ。 その寝顔はまるで幼い子供のように安心しきっている。アルクの心が温かくなった。それと同時に切なくもなる。 ティアはこの細い肩にたくさんの人々の期待と責任を乗せている。その重荷から解放されたくなる時はないのだろうか。 アルクはティアの心の負担に思いを馳せた。考えても考えても答えは出てこない、答えを出すのはティア自身だからだ。 せめて今はティアの枕になってあげようとアルクはティアの体を自分へと優しく抱き寄せる。ティアのぬくもりを抱きしめることしか出来なかった。
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