ティアとアルクも自宅に戻った。愛馬たちを馬小屋に入れ、かいばと水を与える。馬たちは嬉しそうにヒヒーンといななきながら食事を始める。 「さて、俺たちも少し休もうか。」 「そうね。それにもう昼食の時間だわ。今朝の残りものでいい?」 「あぁそれで十分だ。でも人参はいらん。もうたくさんだ。」 アルクが大真面目に注文をつけた。それを聞いてティアが「ぷっ。」と吹き出した。おかしそうに笑いながら 「分かっているって。もぅそんな大きい図体しておきながら子供なんだから。」 「ほっとけ。」 少しだけ拗ねたアルクを見てティアはクスクスと笑っている。だがティアすぐに真顔になり 「それはともかくアルク、念のために湯あみした方がいいかもしれない。魔毒は体にかかっていないとは思うけれど念のためにね。お風呂沸かしてくる。」 「そうだな。俺は後からでいいからティアが先に洗い流してきてくれ。風呂なら俺が沸かすからさ。」 「え?でもドムナと直接闘っていたのはアルクだし・・・。」 「いいから、いいから。早く風呂入ってこいよ。」 「分かった。」 ティアは浴室へと向かった。アルクはいそいそと家の外に向かう。浴室のすぐ外に釜戸がある。それに火を起こすのだ。 攻撃系の術師なら簡単に火を起こせるがあいにくアルクはただの人間、ティアの魔力でも火は起こせない。だから蓄えている薪を使って火を起こし風呂を沸かすのだ。 しかしこの家の風呂釜は特別な構造をしていて一度薪に火をつけてしまえば後は放っておいても自然と湯加減が調整されるようになっている。なので冬の寒い夜などに火の番をしなくて済む。ちなみにこんな便利な風呂窯はこの町の発明家が作ったもので町の皆が使っている。 「湯加減はどうだ?」 念のためにとアルクは外から話しかけた。 「うん、とてもいいよ、ありがとう。」 ティアの声が浴室から響いてくる。それがなんとも艶やかでアルクの胸が騒いだ。
ティアが湯あみをするたびにアルクは落ちつかなくなる。毎日毎日、5年間も繰り返されているのにアルクはなかなか平常心になれない。ちゃぽんちゃぽんと水音がするたびアルクの心中は穏やかでなくなる。 「やれやれ、また修行の時間が始まる・・・。」 アルクはぼそぼそと呟きながら家の中に入った。 修行の時間、もうすぐそれがどういうものか分かることになる。
いつもならティアが湯あみを終え、バスローブをしっかり身に着けるまでアルクは自分の部屋に避難しているのだが、この日に限ってそのタイミングを失ってしまった。 いったん部屋に戻ったのだが魔剣をリビングの床に投げ捨てたままだったのをふと思い出した。今朝のこともある。魔剣の手入れもしなければと思い立ち部屋を出てリビングに向かった時、浴室から出てきたティアとばったり出会ってしまったのである。 「・・・!!」 ドキン!アルクの心臓が激しく波打った。体の体温は急上昇し、動悸が激しくなる。
一方、ティアは「あっ。」という表情をしているだけでたいして気に留めていないようだ。 ティアは一糸まとわぬ姿でそこにいた。絹糸のような銀髪は露に濡れ、壮絶な色気を醸し出している。透き通るような白い肌、太ももの内側にある火傷の跡が小さくあるのがやけに艶めかしい。 すらりとした長い脚。腰からお尻にかけての柔らかなS字カーブ、それはビーナスのような美しさでどこからどう見ても女性の腰つき。胸は思春期前の女の子のように慎ましく、豊満とは程遠いが。 しかしティアは両性体、男性の象徴もそこにあるのだ。 といってもアルクや他の大人の一般男性のようなしっかりしたものではく男の子のような細くうぶなものがついている。 その男性の象徴の後ろには女性の象徴もちゃんとあり、紛れもなく男であり女でもあるその姿は一種異様であり果てしなく神秘的でもある。 アルクはティアの裸に釘付けになって目が離せないでいる。おのれの下半身の変化が辛い。 それでもアルクは自分の欲望と興奮をティアに知られたくない。慌てて魔剣と上着で股間を隠した。 それなのにティアはアルクの興奮も狼狽も知らずに手に持っていたバースローブをスルッと羽織った。衣擦れがまたアルクの欲望を刺激する。 「・・・つっ。」 アルクはもう爆発寸前だった。 だがティアは苦痛に満ちたアルクの顔を見てとても悲しい気持ちになった。その悲しみを隠すように作り笑いしながらでアルクに話しかける。 「お風呂、温かいよ、早く入ったら?」 「あっ・・・あぁ。」 アルクは促されてティアを避けるようにティアの体の横を遠回りに素通りし浴室に向かった。 「パタン・・・。」 浴室の扉が閉まる。 それを見守るティアの瞳は悲しみに揺れていた。ティアは誤解しているのだ。アルクはこの両性体の体を見るのが気持ち悪くて自分のことを避けているのだろうとティアは思い込んでいる。 5年も一緒に暮らしていればお互いの裸を見ることは多々ある。その度にアルクは苦痛に満ちた表情でティアを避けるようにすぐにその場から離れるのだ。そんなアルクの姿を見るたびにティアの心は深く傷ついていた。 両性体であるということでアルクにここまで拒絶されることが悲しかった。辛かった。アルクに受け入れてもらえない苦痛を感じながらこの5年を過ごしてきた。
それでも「この体を気持ち悪がらないで」なんてアルクには言えない。なぜなら両性体でいることを望んでいるのはティア自身なのだから受け入れるしかないのだ。
その頃アルクはシャワーを全開で流しながら膨れ上がった欲望を鎮めていた。情けなく惨めな気持ちでいっぱいだ。 アルクはティアを愛している。初めて会った時からずっと愛しているのだ。抱きしめたい。深くきつく抱きしめたい。抱きたい、繋がりたい、その身も心もすべて欲しい。 ティアの全てを自分だけのものにしたい。男の体、女の体半分だってかまわない。一度でも繋がってしまえば男か女かのどちらかになるし。 いや、男にも女にもならなくてもいい。両性体を気持ち悪いなんて思ったことなど一度もない。むしろ欲しい。ティアをティアのまま愛したい!!と思っている。しかしそれは出来ないのだ。 叶わぬ夢なのだ。
脳裏を掠めるあの場面。魔法学校卒業の前日、ロマンに告白されたティアが言い放ったあの言葉。 「両性体でなくなったら魔力を失ってしまう!魔力を失ってしまったら人々を守れない!守れなくなった自分に生まれた意味はない!」 ティアは両性体でなくなることを恐れている。そして個人の幸せよりたくさんの人々の為に生きていきたいとことあるごとに言っている。 それがアルクにとってどれほどの悲しみでどれほどの苦しみであるか。 今までだって欲望を抑えきれずに何度ティアを抱いてしまおうかと思ったことか。強引に押し倒して無理やり純潔を奪ってしまいたい!そんな考えに陥るたびにティアの笑顔を思い出した。 あの笑顔を失いたくない。いつまでもティアの傍にいたいし傍にいて欲しい。 それに一度でもこの気持ちをティアに打ち明けたらティアは戸惑い自分から離れていってしまうだろう、それが怖かった。 ティアを失いたくないのだ。なによりティアの人々を守りたいという願いを大切にしてあげたかった。その意志を尊重したいのだ。 こうして己の欲望を無理やりねじ伏せて今まで生きてきた。これからもそうやって生きていくだろう。それでいいのだ。ティアと共に生きくことが出来るなら魔術師と騎士という間柄でいい、親友以上の関係になれなくてもいい。 アルクは排水溝に流れていく欲望を見つめながら自分にそう言い聞かせた。
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