とある平屋の一軒家、朝日を受けて輝く青い屋根、クリーム色の壁が朝露に濡れている。家のすぐ後ろ手にある畑ではトマトやキュウリ、ナスなどの野菜やしゃがいもが健やかに育っている。母屋からすぐそばには馬小屋があって二頭の馬がのんびりとかいばを食んでいる。 アルクはふと人の気配がして目が覚めた。目覚めたてのぼんやり霞む視界に入ったのは銀髪の美しい人、ティアの顔だった。ティアの顔がすぐ間近にあるのでアルクの胸が小さく震えた。 「おはようアルク。」 さっそくティアが朝の挨拶をした。 「・・・おはよう。ずっと俺の寝顔を間近で見ていたのかそれとも見とれていたか。」 アルクは胸の早鐘を悟られないように茶化しながらも身を起こした。 「だって起こしにきたらアルク泣いているからびっくりして。悪い夢でも見ているのかと思って心配になったの。」 「泣いている?」 自覚はないが念のために頬に指を当ててみた。なるほどどうやら泣いていたようだ。5年前の卒業の前日の出来事を夢で見たからだとは言えなくてアルクは自嘲気味に笑った。 「お化けの夢でも見た?」 ティアはからかうように言ってきた。 「日々本物の魔物を見ているのに今更お化けで泣くわけがないだろう?」 アルクが呆れたように返した。それを聞いてティアはくすっと笑う。 「朝食はとうもろこしたっぷりのコーンシチューにしたよ。昨日パティさんがたくさんとうもろこしをおすそわけしてくれたんだ。」 「おぉ、それはありがたい。さっそくいただくとするか。」 「うん。」 現在ティアとアルクは24歳になっていた。ヘロン魔法学校を卒業後、ティアの故郷であるチャオロ国にアルクと共に帰って来た。 二人は一つ屋根の下に一緒に暮らしている。その方が何かと便利だった。ティアとアルクは各地で魔物退治をしている。結界師と騎士である二人は魔物退治の依頼があったらすぐに準備出来るように一緒に暮らしているのだ。ちなみに寝室は別々だ。 リビングに行くとテーブルの上には焼きたてのパンとコーンスープ。目玉焼きにベーコン。それとサラダが二人の到着を待ちわびるように並べられている。 「おぉこれは上手そうだ。いつもティアに朝食作ってもらってすまないな。明日こそは俺が作るよ。」 「気にしないで。早く目が覚めた方が朝食を作る約束でしょう?たまたま私が早く目が覚めただけだし。それにアルクはこのところ戦闘が続いて疲れているみたいだから。」 「俺は大丈夫だ。それよりティアの方こそ疲れていないか?魔力を使うと疲れるだろう?」 「私は大丈夫だよ。言うほど魔力使っていないし。」 「まぁそれもそうだな。ここのところ雑魚の魔物しか相手にしていないし。」 するとティアはかすかに頬を膨らませ 「もう、そんなこと言わないの!雑魚ばかりだから今は比較的平和なんだから。」 「お?雑魚ということは認めるんだな。」 アルクがからかうように言えばティアは否定もせずに微笑んだ。 ティアが言う通り魔物はここ十年魔力を弱めていて世界の平和は保たれている。むろん全く魔物がいないというわけではないので人間に悪さをしてくること多々ある。大惨事は起きないがちょくちょく面倒なことが起きるという感じか。それでティアたちが依頼を受けて駆け付けるという日々が続いている。 アルクが席についてテーブルの上にあるサラダを何気なく見た。 「あ!」 突然アルクが素っ頓狂な声を上げた。ティアは何事かとアルクを見る。 「どうしたの?」 するとアルクはおもむろにサラダから人参をつまみ上げた。 「人参が大の苦手なの知っているよな?それをよりによってこんなどっさり。」 アルクが呆れたようにティアに人参の山盛りを見せつけた。 「あぁ、それ?それは罰。」 「罰?」 「そう、今朝起きたら玄関やリビングや床に魔剣や盾が放り投げてあったんだもの。昨夜アルクが脱ぎ捨ててそのままにしていったでしょう?駄目だよ、魔剣と盾は大切に保管しないと。魔術師たちが精魂こめて魔力を練りこんだものなんだから。」 ティアは半分本気で半分呆れたように小言を言った。アルクはばつが悪そうに頭を掻く。 「悪い悪い。やっぱり俺疲れているのかな。帰ってきてすぐさま床に放り投げたんだった。」 「だからその罰。人参一つも残さず全部食べてね。」 ティアは茶目っ気たっぷりのまなざしで人参山盛りのサラダをアルクの目の前に押し返した。 「はいはい。残さず食べますよ。」 アルクはため息交じりに観念した。アルクはティアの言うことに逆らえない。惚れた弱みだろう。 二人は顔を見合わせるとにっこりと微笑んだ。これはいつものこと。穏やかな二人だけの朝食の時間。ティアもアルクもこの穏やかなひと時が大好きだ。
しかしその穏やかな時間の終わりは食べ終わってすぐにやって来た。
「ティア!アルク!大変だ!すぐに来て!」 突然切羽詰まった男の子の声と勢いよく家の扉をドンドンと叩く音が家中に響いた。 「!!」 「!?」 二人はすぐさま立ち上がり急いで扉を開けた。そこには体中を埃まみれにして息を切らしている少年がいた。 「ハルル、何があったの!?その顔。」 ティアはびっくりしてハルルの顔についている埃を手で拭った。 「ここにくる途中で何度も転んじゃって。というかそんなこと言っている場合じゃないんだ!魔物がタクトの湖を!!」 「説明は後で聞くわ。行きましょう!」 「了解!」 二人は顔を見合わせて強く頷くとすぐに出発の準備を整えた。ティアは動きやすいように長いキャロットパンツを裾で縛り、セミロングの銀髪を一つに束ねた。アルクは簡易鎧を身に着け魔剣と盾を腰に巻き付ける。 「私たちはタクトの湖に向かうわ!ハルルは危ないから家に帰ってなさい!」 「分かった。」 ハルルは不安そうに頷いた。ティアとアルクは馬小屋に直行した。 「シルク、頼んだわよ。」 「サンダー行くぞ!」 「「ヒィヒィン・・・。」」 ティアとアルクがそれぞれの愛馬にまたがった。二人はタクトの湖へと疾走していく。
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