ティアとアルクは14歳となった。さすがにこの歳になるとボール蹴り遊びはしなくなっていた。二人は並んで芝生の上に腰をおろしお気に入りの本を読んでいる。 ティアはますます美しくなりどこにいても人の目を引く美貌だ。肩まで伸ばした銀髪が日差しを受けてキラキラ輝いている。 アルクはすっかり逞しくなって筋肉隆々。二の腕の盛り上がった筋肉がいかにも頼りがいがある。二人は穏やかな昼休みを過ごしていた。 そこへローレイがやって来た。アルクはローレイが来たことにすぐさま気が付いて立ち上がった。それにつられてティアも立ち上がり静かに会釈をする。 「ローレイさん、どうしたの。」 アルクは育ての親であるローレイに相変わらずさんづけだ。いつもならさんづけするアルクに苦笑いするが今日のローレイはいつもと違って表情が硬い。そして沈痛な面持ちで 「ティア、ちょっと話がある。」 そう言って手招きした。 途端にティアとアルクは不安になる。ただ事ではない雰囲気だ。ティアは不安でドキドキする胸を押さえながらローレイの元に歩み寄った。ローレイから何か告げられる。 するとティアはいきなり力をなくしたように膝から崩れ落ち嗚咽し始めた。アルクは驚愕し急いでティアの元へ駆け寄っていく。 「どうしたのティア!」 すぐさましゃがみこんでティアの顔を覗き込んだ。ティアは肩を震わせ泣くだけで何も答えない。 「ティアの母親が今しがた亡くなった。」 ローレイが沈痛な面持ちで説明した。 「えっ・・・。」 アルクが言葉を失う。 半年前ぐらいからティアの母親の体の具合が悪いことはティアから聞いていて知っていたがまさかこんな早く・・・。アルクがなんと声を掛けていいか分からずにいると嗚咽の合間の絞り出すようなティアの声がアルクの耳元に届く。 「私一人ぼっちになってしまった・・・。」 「そんなことないよ!ティアには俺がいる!俺はいつでもティアの傍にいるからティアは一人ほっちではないから!」 アルクの必死の説得がティアの心に届いた。ティアはゆっくり頷いた。今はそれが精いっぱいだ。 アルクはティアの体を愛おしげに抱き寄せた。ティアはアルクの胸の中に安心したように体を預けて泣いている。そんな二人の姿を間近で見ているローレイは確信した。 幼い頃から常に二人が一緒にいることは知っていた。アルクはティアを愛している、そしてティアもおそらく・・・。アルクはティアという未来の家族を見つけたのだと思った。アルクの保護者として我が子の巣立ちは寂しいものがあるがそれは親なら誰でも通る道。それに何よりもアルクもティアももう一人ぼっちではないことに喜びを覚えた。 二人は魔術師と騎士としてだけではなく生涯のパートナーとしてお互いを支え合っていくのだろうとこの時のローレイは信じて疑わなかった。
それからまた4年の年月が流れた。ローレイたち魔術学校の教師たちはティアに教えることはもうなくなっていた。ティアの魔力も結界師としての才能も教師と並び、いや超えていたからだ。 ティアはその優秀さゆえ飛び級をして2年前にアルクと同学年になっていた。 そして明日、二人は卒業を迎える。 この学校には卒業式というものがない。在籍してから10年後にそれぞれの生徒が入学してきた月に卒業するからだ。仮に卒業する度に卒業式を行っていたら毎月卒業式を行うはめになってしまう。ちなみにティアとアルクはローレイの計らいで共に5月に卒業することになった。
卒業の前日、突然ロマンがティアを校舎裏へと呼び出した。アルクには内緒でだ。 「どうしたのロマン。こんなところに呼び出して。」 ティアが無邪気な笑顔で聞いてくる。察しが悪いティアに動揺したロマンは顔を赤くしながらもじもじして言い出せずにいる。 「?」 ティアがきょとんとしている。このままでは埒があかないと思ったロマンは決心した。 「ティア!僕は君を愛しているんだ!付き合って欲しい!」 突然の告白だった。 「え・・・。」 予想だにしてなかった突然の愛の告白にティアは目を丸くして固まっている。 「本当はこの気持ちを打ち明けずにティアのことを見送ろうと思っていたんだけど、やっぱりどうしても僕の気持ちを伝えたくなったんだ。僕は初めてティアと会った時からずっと好きだった。」 「初めて・・・。」 そういわれて思い起こした。初めて会ったのは入学した初日、席が隣り合ったのがロマンだった。でも自分が両性体だと知ったとたんに冷たく態度を変えたから嫌われたと思って、まさか愛していると告白されるとは思ってもみなかった。 「で・・・でも私は両性体だから・・・。」 ティアは困惑しながら呟いた。 「そんなの関係ないよ!ティアが男だろうと女だろうと関係ない!僕はティアそのものを愛しているんだ!」 ロマンの告白は情熱的だった。しかしティアは激しく狼狽するばかり。そして 「私、恋愛出来ないの・・・。したくないの」 「え?」 一瞬ティアが何を言ったか分からなかった。 「恋愛して関係を深めていけばいつか体を重ねることになるでしょう?」 「そっ・・・それは・・・。」 ティアの大胆な発言にロマンはドキマギして耳まで真っ赤にした。 「両性体は一度でも他人と体を繋げると両性体でなくなってしまう。男か女かのどちらかに分化するのよ。」 そうなのだ。両性体は性交渉を行うとその瞬間から男性か女性かのどちらかに分化を始める。男と繋がれば男の象徴は退化し消滅して女になることが多く、女と繋がればそれまで未成長で小さかった男性の象徴がどんどん育って男になることが多い。 たまに交わった相手と同性に分化することもあるがそれは元々持って生まれた染色体に男成分が多かったり女成分が多かったりすることで成分の多い方に分化したということなのだろう。気持ちと関係なく元々持っている要素が多い方に分化していくのだ。性交渉はそのきっかけに過ぎない。 「それは僕も知っているよ。だから願ったり叶ったりだろう?両性体でなくなって男か女かのどちらかになればティアを苦しめ続けてきた体の事情から解放されるんだよ。」 ロマンは自分は正しいことをしているんだと思って疑わない。 「違うのよ。」 「なにが違う?」 ロマンはティアが何が言いたいのか皆目見当がつかない。 「私は両性体でいたいの。」 「!?」 衝撃の一言だった。想像だにしていなかったティアの言葉。ロマンは動揺しまくっている。 「両性体でいたいってどういうこと?男にも女にもなりたくないの?」 ティアは辛そうに頷いた。 「どうして!?」 ロマンはティアの意図が掴めずに苛立った。思わず声を荒げてしまう。 「両性体でなくなったら魔力を失ってしまうから・・・。」 ティアは不安げに答えた。しかしロマンは全く理解が出来ない。 「私は世界中の人々を魔物たちの手から守りたいの。結界師として多くの人々の為に働きたい。でも魔力を失ってしまったら誰のことも守れなくなってしまう。」 「そんな・・・。」 ロマンの体が理解出来ない得体の知れないものを目の前にして震えてくる。 「守れなくなるってそんなの分からないよ!人類を守れなくなるくらいなら自分の幸せを捨てるって言うの!?」 ティアは頷いた。 「なんだよそれ!そんなのおかしいよ!自分の幸せを犠牲にしようというのか!普通に誰かに恋をして愛し合って恋人同士になって。結婚して子供を作って家庭が出来て!孫が出来て!そういう普通の幸せを全くの赤の他人の人間の為に捨てるなんて信じられない!」 「ロマンには信じられなくても私はそういう風に生きたいの!人々を守れなくなった私ではこの世界に生まれてきた意味がなくなってしまう!」 ティアの悲痛な叫びがロマンの心を貫いた。 それでも分からない、一体なぜティアはそこまでして人々の為に生きていこうとするのか。それにどうしても分からないことがもう一つある。それこそがこの問題の根本で。 「ティアが人々を大切に思う気持ちは分かったよ。守りたいという気持ちも。同意は出来ないけどさ。でも両性体でなくなったら魔力を失うなんて話は一度も聞いたことがない。この学校にいる連中全員に聞いてみるといい、そんなこと言う人は一人もいないさ。先生もそんなこと言ったことは一度もない。それはティアだって分かっているだろう?それなのにティアはなにを根拠にそんなこと言っているの?」 「それは・・・。9歳ぐらい時だったかな。偶然聞いたの。魔術師が他の人にそう話しているのを偶然聞いて・・・。」 「偶然?そんなの何かの聞き間違いかティアの思い過ごしだよ。そんな話は他の誰も聞いたことないんだから。」 「でも私は確かにこの耳で聞いたの!」 ティアがむきになって反論してくる。 「落ち着いてティア!僕の話を聞いて!」 「お願いこれ以上何も言わないで!ロマンの気持ちは嬉しいわ。でも私は恋愛は出来ないの!」 ティアは今にも泣きだしそうな表情になった。瞳に涙がたまっていく。 「ティア・・・」 ロマンは狼狽した。ティアの思い込みはあまりに強すぎる。するとティアはこれ以上ここにいることがいたたまらなくなったのか突然 「ごめんなさい!!」 そう言い残して駆け去ってしまった。ロマンは一人取り残された。呆然と立ちすくむことしか出来ない。 「なんだよティアのやつ・・・。振り方が下手くそ過ぎ・・。」 ロマンはこみあげてくる涙を拭きながら呟いた。
しかし呆然と立ち尽くしているのはロマンだけではなかった。この二人のやりとりをひそかに立ち聞きしていた者がいた。 アルクだ。アルクはロマンがこっそりティアを呼び出したことがどうにも気になってこっそり二人のあとをつけてきたのだ。 「私は恋愛が出来ない!したくないの!」 ティアの苦痛に満ちた震える声がアルクの胸を抉った。アルクの心はロマン以上に深く傷ついている。恋愛が出来ない、したくないというティアの言葉が抜けない棘となってアルクの胸に突き刺さった。 アルクの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
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