その頃、ローレイはヨハイとカウナが棲む森にいた。何やら深刻な表情で話し込んでいる 「ローレイ、魔王の器となりそうな人間は見つかったの?」 カウナが尋ねてきた。 「いや、まだだ。我々も生徒たちの中に魔王の器になりそうな者はいないか、慎重に見極めているがまだ見つからない。ポールも世界中を飛び回って探しているが見つけられない。」 「そうか。魔王がその人間を見つける前に探し出さないとこの世界は終わるから早く探せよ。」 「分かっているよヨハイ。でもそう簡単には行かない。だがなんとしても魔王が器を見つけそれに憑依する前に器を探し出し保護しなければ人類は滅びる。」 魔王の器。それは人間のことである。ただし普通の人間のことではない。魔王の凄まじい魔力に耐えうるだけの魔力を持った人間のことを指す。
魔物たちの頂点に君臨する魔王は現在魔界にいる。魔界から人間界を覗き込み己の器になりそうな人間を探し続けているのだ。 なぜ魔王は人間界に来ないのか。来ないのではなく来られないのである。 魔王の体は実体がない闇だ。魔王の魂を持つ闇。闇である魔王は人間界の清く澄んだ大気の中では生きていけない。人間界の大気に触れたら10分と持たずに消滅してしまう。
しかし魔王が人間界に居続けることが出来る方法が一つだけあるのだ。 それは人間の体の中に入り込み体を乗っ取ることだ。その際、人間の心は完膚なきまでに破壊する。人間の心を破壊された者は魔王そのものになってこの世界に君臨する。魔王となったそれは人間たちを弾圧し無残に殺戮を繰り返しこの世界を支配するだろう。 暗黒の世の始まりだ。 それが可能なら魔王は今すぐにでも実行に移すだろう。この世界はとっくに魔王によって支配されているはずだ。
しかし現在そうなっていないのには理由がある。人間なら誰でもいいわけではない。魔王の凄まじい魔力を己の体に取り込んでも破壊されないだけの魔力を持った者でなければならない。 もし魔力のない普通の人間や、魔王の魔力に抗えない弱い魔力の者に憑依したらその瞬間からその人間の肉体の崩壊が始まる。一時間と持たずに細胞レベルで破壊され死んでしまうのだ。 魔王は死んでしまった人間の体に憑依し続けることは出来ない。あくまでも生きている人間の体の中にしかいられないのだ。 そして魔王の魔力に耐えられるだけの強力な魔力を持った者はそうそういない。ウィルソン一家やローレイであったとしても魔王の魔力ほどのものは持っていないのだ。 それと魔王が憑依する人間にはもう一つの条件がある。 「我々も見つけられないが魔王も器の候補を見つけられないのならそれが一番いい。永遠に見つからずに人間界に降りてこさえしなければこの世界の平和は保たれる。」 「それはそうだが魔王はいつか必ず探し当ててその人間を乗っ取るぞ。そうなる前にお前たちがその人間を保護しなんとしても魔王の目から隠さなければならないのではないか?」 「分かっている。生徒たちを監視し保護し魔王の目から隠すのも今の我らの役目だ。」 「自分たちが器の候補になりうることを生徒たちは知っているの?」 「いや、知らせていない。教えてもいない。そのことを知るのは私とポールとホゼだけだ。生徒たちを監視する為にな。」 「なぜ他の教師や生徒たちにそのことを教えないんだ?知っていれば魔王に見つからないように自分で対処することも出来るだろう。」 「そんなことを知ってどうする。一生、地下室に籠って魔王に見つからないよう息を潜めて暮らせというのか。そんな酷なこと言えるわけがないだろう。それに人の口に戸は立てられないからな。秘密を知れば言いたくなるのが人間というもの。だから秘密を知る人間は最小限にしておかないと。」 「甘いなローレイ。魔王に乗っ取られたらこの世から地上も地下室もなにもかもなくなる。あるのは地獄のみだ。」 「分かっているさ。しかし魔王に乗っ取られるということは人間の心を破壊され消滅させられるということだ。そして己の手でたくさんの人間たちを殺戮していくということ。そんなことを知ったら恐怖と不安で心が耐えられないだろう。」 ローレイの言葉にヨハイは黙った。 確かに多くの人間たちは同じ仲間である人間を殺すことにとても大きな罪悪感と抵抗感を持っている。それが魔物と一番違うところだ。 するとカウナが思いついたように口を開いた。 「だったら治癒系の人間だけにそっと魔王の器候補だということを教えたらいいのでは?治癒系の人間はかわいそうだけどそれが運命だし、そうでもしないと魔王にいつか見つかるわよ。ローズやタナーやクワン、マリーやジンやカルロは治癒系よね。彼らだけにでも。」 「治癒系にだけか。確かに彼らは治癒系だが魔王の魔力に耐えうる魔力を持っていない。程遠いといってもいい。乗っ取られたとたんに遺体になってしまうだろう。魔王もそれが分かっているから彼らを放置している。」 「では魔王は他に候補がいると睨んでいるということか。」 「おそらく。」
そう、魔王の器となるべく人間には魔力の強さだけではなくもう一つの条件がある。 それは治癒系の能力者であること。 魔力にはそれぞれに特色がありそれによって系統が分かれる。操れる系統は一人の人間につき一つしかない。治癒系の人間だけが魔王の器になるのだからそれ以外の攻撃系、結界系、透視系、操作系はおのずと除外される。 魔王も治癒系の魔力を持つ人間を探しているはずだ。なぜ魔王の器であることの条件に治癒系が加わるのかは定かではないがおそらく魔王に匹敵する治癒能力によって破壊されていく肉体を瞬時に治癒する為ではないかと予測出来た。魔王に抗うだけの絶大な魔力を持ちしかも治癒系。こんな人間は奇跡だしめったにいないし見つけられない。 その時、ヨハイの脳裏にティアの顔がふと浮かんだ。 「それはそうとティアが結界系で良かったな。」 ヨハイがふと呟いた。 「え・・・?」 ローレイが一瞬動揺する。カウナはそれを見逃さなかった。 「どうしたのローレイ。確かにティアは10歳にしてあの強い魔力。あんな子は今までいなかったわ。今はまだ魔王に匹敵するほどの魔力からは程遠いけど将来何らかのきっかけで魔力が増大したとしても彼女は結界系よ。治癒系ではないから大丈夫。突然変異的に力の上限が高まることはあっても質そのものが変わることはないから。一人の人間に一つの系統しか存在出来ない。」 「そうなんだが・・・。」 「?」 奥歯にものが挟まったような表情のローレイを見てヨハイとカウナが首を傾げた。そしてヨハイが苦笑いをしながら 「まさかティアが魔王の器候補とでも?いやそれなら魔王がとっくにティアに目をつけているだろう。でも魔王にも魔物にもなんの動きがない。相変わらず必死に器探ししているさ。」
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