今日もティアは昼休みを知らせるチャイムが鳴ると同時に席から立ち上がりドアを抜けていく。とても嬉しそうな顔をしてゴム毬のように弾みながら校庭へと走り出していくのだ。 その姿をコナーとミズリーは訝し気に見ていた。 「ねぇティアが何をしているか確かめようよ。後をつけよう。」 コナーが意地悪そうな笑みを浮かべミズリーを誘った。 「えぇ別にいいじゃん、放っておこうよ。」 実はミズリーは内心もういじめみたいなことはやめたいと思っていた。 というのもティアが気の毒になっていたのだ。ティアはいつも教室の中で一人で寂しそうにしているがクラスメイトが近づくと優しい笑顔を浮かべる。 実際優しい子でクラスメイトが教科書を忘れた時は自分の教科書を貸そうとしたり、魔術の実践訓練で失敗して先生にこっぴどく怒られて柱の陰でひっそりと泣いている子を見かけたら優しく声を掛け慰めたりもしている。 慰められ生徒は安堵したような嬉しそうな顔でティアを見ている。でもその場面をミズリーに見られたと気づいた途端、気まずそうにティアから離れた。それを見た時ミズリーの胸がチクッと痛んだ。自分たちの嫉妬が醜いものに思えてきて仕方がない。 しかしコナーの命令には逆らえなかった。双子ではあるが立場はコナーの方が上でミズリーはコナーの言いなりになっている。だからティアのことにも口を出せずにいた。 「私に逆らうの?ティアが陰で何をしているか知りたくない?悪いことをしていたら先生に言いつけてやろうよ。それで退学させるの。」 「そんなことまでしなくても・・・。」 「そんなことまでってそうでもしないと私たちは一番になれないのよ!ウィルソン家の者として一番になれないのは恥でしかないわ!」 コナーはものすごい剣幕でまくし立てる。結局コナーもウィルソン一家の一員であるという重圧に必死で耐えているのかもしれない。そう思うとコナーに従うしかなかった。
ティアの後をこっそりつけていくと、やがて校庭の片隅に出た。ティアか駆けて行く先に男の子がいる。 「誰あの子。」 コナーが訝し気に呟いた。 しかしその男の子の正体はすぐに分かった。男の子はこの学校で有名だからだ。悪い意味でだが。 ティアは男の子と楽し気に話している。あんな楽しそうな姿は教室では見たことがない。やがてティアと男の子はボール蹴りを始めた。二人はぴょんぴょん飛び跳ねながら嬉しそうに遊んでいる。 「驚いた。まさかアルクと一緒にいるとは。」 コナーが軽蔑したような物言いで吐き捨てた。ミズリーはコナーの歪んだ心根に複雑な心境になる。 「アルクって確か魔力がない普通の人間よね。なんでティアと一緒にいるんだろう」 「知らないわよ。かたや両性体、かたや魔力がない。不完全なはみ出し者同士が気が合ったんでしょ。」 コナーは容赦なく切り捨てた。それを見てさすがにミズリーの眉間に皺が寄る。でも何も言い返せなかった。 「それにしてもティア、玉蹴り遊び楽しそうよね。半分男だからか。」 「コナー、もうさ、ティアのこと・・・。」 ミズリーが言いかけた時、コナーがじろっとミズリーを睨んだ。委縮するミズリー。コナーはミズリーの心境の変化に気づいているのだ。なによ!ミズリーまで!どいつもこいつもあんな子に感化されて!馬鹿馬鹿しい!!コナーは心の中で悪態をついた。
次の日、ティアが教室に入ると皆が不穏な視線を向けて来た。ティアは何事かと不安になる。どうしていいか分からず戸惑っているとロマンがティアの元へ近づいてきた。 「ティアはアルクと仲良くしているんだ?なんで?」 ティアは質問の意図が読めない。きょとんとするばかりである。その様子にロマンが苛立ちを見せた。 「ティアはアルクが何者か知っているの?」 「何者って私の一学年上の子で玉蹴りが得意で・・・。」 「そうじゃなくって!アルクは魔力を持たない人間なんだよ!」 ロマンはキレたのか声を荒げた。ティアの体がビクっと震えた。 「なんで魔力を持たない普通の人間と行動を共にしているんだよ。自分が魔術師という自覚がないの?」 ティアは何を言われているか分からない。そこで業を煮やしたロマンが説明を始める。 「アルクは本来入ることが出来ないこの学校にお情けで入れてもらったんだよ。ローレイ様が面倒見ているというだけでさ。」 「お情け・・・?」 「この学校には魔力がないものは入学出来ないのはティアも知っているだろう?でもローレイ様の計らいで一年半前に入学してきたのさ。ローレイ様はアルクを魔術師付きの騎士にしたいみたいだけどさ、あんなどこの馬の骨か分からない子供の面倒見るなんてローレイ様も人が良すぎる。」 「アルクのことを悪く言うのはやめて!!」 突然ティアが声を荒げた。いつもおとなしく優しいティアとは思えないほど怒っている。その迫力に皆が驚いてたじろいだ。するとコナーが歪んだ笑みを浮かべながら 「まぁ両性体で男でも女でもない中途半端なティアと魔力のない世の中の役にも立たない人間同士、居場所がなくて仲良くなるのも分からないでもないけど?」 「コナー!」 思わずミズリーが窘めた。ズケズケと人の心を傷つけるようなことを平気で言うコナーに対していい加減嫌気がさしてくる。 しかしコナ−はどこ吹く風だ。ティアは悔しそうに唇を噛みしめている。教室は気まずい空気に覆われた。その空気にいたたまれなくなったロマンが出来るだけ優しい声色でティアを説得にかかる。 「とにかくさ、もうアルクと付き合うのはやめなよ。アルクは魔力がない普通の人間なんだから。」 「魔力があることがそんなに偉いことなの?」 「え?」 ティアの思わぬ反論にロマンがたじろいだ。 「魔術が使えることがそんなに偉いことなの?」 ティアは真剣な眼差しで聞いてくる。ロマンは焦燥感と苛立ちを募らせて。 「偉いよ!だって俺たち魔術師が魔物から人間たちを守るから彼らは生きていられるんだ!彼らが生きていられるのは俺たち魔術師たちのおかげだろう!」 ロマンの反論に周りにいる皆はそうだそうだと頷く。しかしティアは 「私たちが魔力を持っているのはたまたまよ。アルクたちが魔力を持っていないのもたまたまそうなっただけ。その程度の違いでしかない。」 「そっ・・・そんなこと言い出したらなんの為に俺たちは命がけで人間たちを守っているんだよ!たまたまなら人間を守る義務なんかないじゃないか!俺たちしか出来ないことだから魔物と闘っているんだろう!俺たちが選ばれた人間だから!」 「私たち魔術師たちはたまたま他の人よりボールを強く蹴ることが出来る。でもそのボールを作っているのは魔力を持たない人たちよ。」 「・・・?」 「ボールを作ってくれている人たちがいるから私たちはボールを蹴ることが出来る。彼らが畑を耕して食べ物を作ってくれる。木を伐採して家を作ってくれる。寒い夜には凍えないようにと暖炉を作ってくれる。私たちが何不自由なく暮らしていけるのは彼らがこの世界を作ってくれるからよ。魔力がない者、魔力がある者、どちらか一方だけではこの世界は成り立たない。両方いるから支え合って生きていけるの。」 「・・・。」 ロマンは何も言えなくなっていた。周りの者も同様だ。 「ロマンが魔物と闘うのは失いたくない大切な人を守りたいからでしょう?失ったらロマンが困るからでしょう?悲しいからでしょう?口では選ばれた人間の義務だからと言っているけど本音は大切な人を失いたくないから。そんなこととっくにロマン自身分かっているくせに。」 ティアの優しい声が皆の胸に響いていく。ただティアの言葉に耳を傾けることしか出来ない。ロマンの胸が小さく震えている。 「ロマンにとって大切な人がいるように私にも大切な人がいる。それがアルクなの。」 ティアの柔らかな微笑みにロマンの心がチクッと痛んだ。 「なんだよ、アルクアルクって・・・。」 ロマンが誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。 「え?」 ティアが聞き返したがロマンは「なんでもない!」と言い残して自分の席に向かった。それを合図にして皆もおずおずとそれぞれの席に散っていった。 そんな中、コナーだけは「何偉そうなこと言ってんの?」と吐き捨てティアを一瞥して自分の席についた。 ティアはそんなコナーのことでさえ深い柔らかなまなざしで見守っている。コナーの悪態の原因を理解して受け止めるかのように。
10歳とは思えないティアのこの言葉を廊下の片隅で聞いている人影があった。 アルクだ。ティアの姿を少しでも早く見たくて教室まで迎えに来たら思いかけずティアとクラスメイトのやりとりを耳にしてしまったのだ。アルクの瞳からは涙がとめどなく溢れている。
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