「雲一つない青空をひと房掴んでポケットに入れていつも持ち歩きたい。 悲しい時、寂しい時、あなたに会えない時にいつでもそれを取り出して見れるようにしたい。そうすれば少しは寂しさがまぎれるから。」 馬鹿みたいなことを大真面目で私がこう言った時にあなたはただ優しく微笑んでくれた。 私はそれを見て安心してそしてまた二人で空を見上げたっけ。 あれはあぜ道のススキの穂が未熟な二人をからかうように揺れる秋の日のこと。
あれからどれくらいの月日が経ったのだろう。 今、私は一人で車を走らせ、稲刈りが終わった田んぼの中にある道の駅に来ている。 すぐそばには国道4号線が走っていて上下線とも途切れなく車が通過していく。 それにしても見上げればなんと素晴らしい秋の空だろう。 この空はまるで岐阜のモネの池のようだ。 湧水が絶え間なく溢れその透明度たるや息をのむほどで水面には睡蓮の花が浮かび、その中を軽やかに泳ぐのは色彩豊かな鯉。鯉の影が透き通った水底に映っている。 湧水は青空、睡蓮は白い雲、鯉の影は風だ。 ベンチに腰を下ろし、しばらくこの穏やかな神様からの贈り物に身を委ねていると引っ越しセンターのトラックが二台ほど国道を走っていくのを見かけた。 あの荷物の持ち主たちは新天地でどのような人生を送ることになるのだろう。 思えば私も今まで幾度か引っ越しをしたけれど、どれもこれも苦い思い出のものばかりだった。 せっかく出来た友達と離れ離れになったり、新居では家族のお互いの心の行き違いが生まれて疎遠になっていったりしたけれど 一番の心残りは初恋の人と会えなくなったこと。 青空をポケットに入れて持ち歩きたいと言った時、そんなことが出来るわけがないと鼻で笑うこともなくただ優しく微笑んでくれた初恋の人。 あなたは今はどこで何をしているのだろう。 もう二度と会えないけれど、幸せに暮らしていることだけはなんとなく分かる。 そんな気がする。だって優しいあの人のことだから幸せに決まっている。
あの人のことを思い出すのはとりあえず終えて、空へと続く国道を眺める。 今日見かけた引っ越し家族は新しい場所で新しい人生を刻んでいくのだろう。 つつがなく穏やかな人生であることを祈ってみる。 名も顔も知らない人たちの為にこんなことを祈るのはあの日の私の姿に重ね合わせているからだ。 泣きながら住み慣れた街を離れた時の私の姿に。
人は出会いと別れを繰り返して生きていく。 そして別れがあるたびにそこで人生の一区切りがついたようで、ともすれば今までの想い、経験のすべてが幻だったと思ってしまうぐらいの喪失感に襲われることもあるけれど どんな別れを経験したとしても人生はそこで区切れない。 だって新しく出会うことで人生はそこから始まり途切れることなく続いていく。
人生はずっとひと続きだ。
|
|