20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:言の葉の港 作者:雲のみなと

最終回   一人旅
    一人旅

東から上った月が星々の瞬きをくぐり抜け、天上にたどり着く頃


この世に存在する物音は飽きることなく今宵も眠りにつく。


そしてそれと時を同じくして鎮まりかえる部屋の中で私は一人思い出の中に沈んでいく。


蘇るのは楽しかったあの頃のことばかりで


それは写真よりも鮮明にこの胸の中に納まっている。


写真は時間の波に晒されれば色褪せるけど、胸の中に抱いている思い出は


いつまで経っても変わらずにあの頃の色合いや匂いを保っている。


でもだからこそそれがより一層私を苦しめる。


愛しさもあなたの笑顔も涙も何一つ色褪せてくれないから


あの日々が過去のものだといまだに割り切れないでいる。


昨日のことなんじゃないかと錯覚してしまう。


川岸まで車を寄せて、日差しを乱反射して輝く水面を指さしながら


二人で微笑みあったあの日。


あなたが差し出したすももを前歯でかじった時の香りは今でも心に残っている。


あの瞬間、この幸せがずっと続くと思っていた。


ずっと二人一緒にいられると信じていた。


やがて別れがくるなんて思いもせずに・・・。


そして今私はあなたのいない隣と向き合い、あなたの面影を探している。


でも今決心した。


いつまでもこんな悲しみに囚われていたくない。囚われていてはいけないのだ。


あなたはもう私のことなんて忘れているだろうこの無慈悲な現実を受け入れなければ。


そうだ、明日旅に出よう。


一人旅だ。


美味しいものを食べてあの日の思い出を上書きするような素敵な景色を見て楽しもう。


思い出が遥か遠い日の蜃気楼に生まれ変わって


これからも歩いていく私を優しく見守ってくれていると思える場所まで行ってみよう。


一人旅をして強くなりたい。


今度この部屋に帰る時は新しい私になっているはず。


そして揺れるような自信もゆるぎない強さもどちらも邪険にせず


両方を手放さずに生きて行こう。










← 前の回  ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2246