彼の言葉、まなざし、ぬくもりと彼を形作るすべてのものに不信感を抱いたままでいたずらに時は過ぎていく。彼は彼でそんな私を腫れ物に扱うかのように避けるようになっていった。お互いの瞳を見なくなった恋人同士に未来などあるわけがない。 そして彼は私との愛よりも大切なもの見つけた。 就職先を手に入れたのだ。 彼は私と疎遠になっていたことなど忘れて電話をかけてきた。 「仕事が決まった!」 受話器の向こうから聞こえてくる弾む声。その瞳はどんなに輝いていることであろう。それを想像するだけで胸がきりきりと締め付けられた。いくら不信感でいっぱいになっていたとしてもここのところ疎遠になっていたとしても声を聞けばあんなに楽しくて幸せだった日々が昨日のことのように蘇るのだ。そんなことも分からない彼の無神経さにいら立ちながらも気丈なふりして 「良かったね・・・。」 と答えてみせた。涙をこらえるので精一杯で声が震えるのを止めることまでは神経が回らなかった。もういっぱいいっぱいだった。 その日、私は駅の改札口にいた。彼は少しばかりの荷物を抱えている。一握りの家具はもう引っ越し先のアパートに送ったらしい。 住むアパートまで決めていたのか。なんとも先回りのいいことで。嫌味の一つも言ってやりたいところだったけどそれを言ったところで彼が行くのをやめるわけもなく、何よりその時の私は彼への愛をふっきりつつあった。 あの電話を切った後で瞼が腫れあがって別人になるくらい泣いたからだ。泣いた翌日鏡を見て自分自身の顔に驚いた。 泣きすぎると人間ってこんな風になるんだな・・・。まるで他人事のように呟いて苦笑いして腫れあがった瞼を冷やした。瞼にあてた冷たいタオルが荒波にもまれ地の底へ沈みがけた心を冷やしてくれる。100均で買ったなんでもない冷たいタオルが私を浮上させてくれた。 こんなもので吹っ切れる意外な自分のたくましさと儚く終わる愛というものに少し慄いたりした。 なので改札口に立つ頃にはだいぶ心も落ち着いていた。諦めが私をそこに立たせてくれた。
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