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作品名:物足りないかもな不思議体験 作者:雲のみなと

第3回   声をかけられて
「海を見に来たんですか。」と突然声を掛けられ「はい。」と答えてみたものの、心中穏やかではなかった。こちらの警戒心を悟られてはなるまいとなるべく笑顔を務めていたけれどその実、恐怖心があった。自分と見知らぬ男性以外には誰もいない浜辺。遠くに家族連れは一組いるけれどなにかあってから大声を出しても到底声が届く場所にはいない。
何かされるのでは!?と疑ってかかってみるけれどそれをむき出しにして警戒したらかえって相手に刺激を与えてしまうのではないかと思い私はなるべく冷静さを装った。
しかしその男性の次の一言で私の警戒心は思わぬところで飛んで行ってしまった。男性はふと遠くの水平線に目をやり呟いたのだ。
「俺、この海で死んだんだよね。」
「???」
一瞬何を言われたのか理解出来なかった。今この人なんて言った?死んだとか言った?死んだ?
いやでもこうして生きているよね?聞き間違い?それとも冗談?
意味不明な男性の言葉に戸惑ってその表情を窺ってみても男性は冗談を言っているようには見えない。ただ真剣で、他人をからかっているようには到底見えないのだ。
新手のナンパの仕方か?と一瞬疑ったけれどそれにしては変わった切り口でどうにも解せない。こんな切り出し方は目を合わせてはいけないやばい人と思われておしまいだし、何よりその男性の表情はそんな浮ついたものではなかった。
この海で死んだなんて突拍子もないことを言っているのにその表情はとても穏やかで
誰を恨むでもなく何かを悔やむのでもなくただ身の上に起こったことをありのままに受け入れているかのようで。
混乱する私の横で男性はまるでドラマの一台詞のようにそれを淡々と言ってのけた。この海で死んだと言われ私は思わず目の前の海に目をやった。この海で・・・?
目の前の海は寄せては返す波を相も変わらずに見せるだけで私の動揺などどこ吹く風だ。
なんと返したらいいか分からず困っていると男性は
「どこから来たの?」
なんとも当たり前のように聞いてきた。俗世に引き戻されたような質問で覚え忘れかけた警戒心が呼び起される。
「近くからです。」
適当に答えた。本当は電車を乗り継いできたぐらいの遠さだけどそこは誤魔化した。
男性はそれ以上は何も聞こうともせずただ穏やかな表情を浮かべるだけ。
そこまでだったらその男性のただの暇つぶしか、もしかしてナンパに類似したものだったということで終わる話なのだけど。


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