小紫
  家の屋根や壁、アスファルトをねぶるように濡らし続ける雨。
  窓を攫っていきたいのかと家人を不安にさせる程に激しく吹き荒れる風。
  それら雨風を産み落とした秋の台風は二時間ぐらい前にここから立ち去った。
  今この町に広がるのは紙芝居のように鮮やかな青空と
  そしてもう一つ、この家の小さな庭で小粒の紫色の果実をより一層濃くして佇む小紫。
  大きな白い鉢を住みかにして咲き誇るこの樹木は愛しき人が遺していったもの。
  あなたが私に託したものの中で唯一ぬくもりを宿すもの。
  小紫よ、お前は知っているのだろうか、ぬくもりというものは死んだら消えるということを。
  それとも何も知らずにただ咲き乱れるのか。
  なぜ生まれ、なぜ死ぬのか。
  なぜ誰かを愛したがり、なぜ愛されたがるのか。
  託された命をひたすらまっとうするだけの紫色の果実は
  そのことに思いを馳せることはあるのだろうか。
  やっぱり人間だけが生きる意味をこうして欲しているのだろうか。
  小紫よ、何も知らずに無垢なままに命を燃やすその存在は
  悩める者にとっては時に残酷になる。
  あぁ、それでも小紫よ、この先何があろうと
  誰に何を言われようと
  美しく、ただ美しく
  何ものにも囚われず、何も悩まず凛として咲き続けてくれ。
  それが私の救いになるのだから。
  もの悲しくなる秋の救いになるのだから。 
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