アニーは感心して、きょん姉さんを見ていた。 「葛城さんの性悪説は、迫力があって面白いわ。」 「実はこれは、性悪説というのではなくって、欲悪説なんです。」 「欲悪説?」 「紅流欲悪説義と言います。」 「紅流欲悪説義?」 「簡単に言うと、人間の根本は欲であり、欲は悪であるという考えです。」 「つまり、人間の欲は悪であるということですか?」 「はい。人間の欲は悪です。」 「人間の存在自体が、悪ということですか?」 「いいえ。」 「存在に、悪も正義もありません。存在は存在です。無です。」 「存在は無?」 「存在は無で、ただそこに、物理的な無としてただ在るだけなのです!」 「物理的な無として在る?」 「はい。」 「なんだか、量子物理学みたいですねえ?」 「はっ、何ですか、それ?」 「わたしにも、よく分からないんですよ。言葉だけ知っているんです。」 「欲を持った人間は、欲望に目覚め無でなくなり、その欲望をコントロールできなくなって、そして苦しみます。それを、紅流では欲苦と言います。」 「欲苦…」 「欲苦になった人間は、欲苦存在となり、無ではなくなります。」 「無ではなくなる…」 「つまり、コントロールできない欲望を、紅流では悪と言います。」 「なるほど。」 「で、欲悪となるんですよ。」 「な〜るほど!」 「人間は、自然のままでは、自分の欲望に苦しむんです。」 「な〜るほど。だから!」 「だから、道徳心が必要なのです。」 「自分のためにですね?」 「そうです。自分の欲望をコントロールするために!厳しく律して、心が安らぐために!」 「心が安らぐために。」 「はい!自分の心が安らげば、他の人の心も安らぎます。」 「すばららしいわ!」 「紅流では、幼い頃から、体術と一緒に習います。」 アニーは、感心してひたすらに手を叩いて、姉さんを見ていた。姉さんは、紅流の手刀立ちで構えた。 「自分に厳しく、他に優しく!」 「お見事!」 姉さんは、皮肉っぽく微笑みで返した。
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