「大海のクジラ、井の中を知らず、か…」 「大海のクジラ、井の中を知らず?面白いですね、何ですか、それ?」 「井の中の蛙、大海を知らず。の逆です。」 「面白いですね〜〜!」 「地球環境主権論の、保土ヶ谷龍次の言葉です。」 「面白い言葉だなあ。さすが龍ちゃん。」 「地球環境主権論、読んだこと無いんですか?」 「ちょっと読んだんですけど、内容が難しくて、途中で止めたんです。ああいう書き方は、どうも頭に入ってこなくって。」 「そうなんですか。」 「こんど、また読んでみます。」 「科学的で、なかなか面白いですよ。」 「そう、その科学的ってのが、どうも駄目なんですよ。」 「馴れですよ、馴れ。」 「そうですかねえ。」 「科学的な言葉に慣れてないだけですよ。」 「そうなんでしょうかねえ。」 姉さんは、少し悲しい目になった。 「わたし、時代遅れの非科学的な非文明人なのかしら?」 「そんなことありませんよ。」 「そうなのかしら?」 「あんなに色んなことを考え付くなんて、科学的頭脳ですよ〜〜。」 「じゃあ、わたしは、天然の科学的なんですか〜!?」 「はい!」 「わ〜〜〜、感激〜〜!今日は赤飯だわ〜!」 やっぱり、とてもめでたい姉さんであった。 「葛城さんに、悲しい顔は似合いませんよ。」 「わたし、悲しい顔をしていました?」 「はい、ちょっとだけ。」 「わたし、悲しい顔は皺が増えると思うと疲れるので、五秒と持たないんです。」 「さすがですね。素晴らしいポジティブな考えです。」 「考えてるんじゃないんです。」 「考えているんじゃない?」 「父の教えなんです。紅流の教えなんです。」 「紅流の?どういう教えなんですか?」 「難しいことは考えるな、悟りは常に脚下にあり!です。」 「悟りは常に脚下にあり…、脚下とは、足の下、つまり身近にあるという意味ですね?」 「はい、その通りです。」 「なるほど、素晴らしい教えですね。」 「そうですか、ありがとうございます。」 姉さんは目を閉じ、両親指を立てて手を合わせた紅流で合掌して、深く礼を言った。 アニーは、急に姉さんの顔を見た。 「葛城さん!」 「わ〜〜、びっくりした。何ですか?」 「言葉は違うんですけど、同じ意味です、それは。そしてそれは、答えです!」 「えっ?」 「大海のクジラ、井の中を知らず。ってのは、そういう意味だったんですよ。」 「そういう意味?」 「悟りは常に脚下にあり!ってことです。」 「えっ、そうなんですか?」 「…今、気がつきました。」 「えっ?」 アニーは、しきりに眉間に皺を寄せて、自分に向かって頷いていた。姉さんは、アニーの顔を見ていた。 「そんな顔をしていたら、綺麗な顔に皺ができますよ。」
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