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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第89回   迷い大人のブルース
その男は、にこにこ笑いながら、二人の絵を見ていた。
「抽象画かな?」
二人は、なぜか黙っていた。
「何を描いているんですか?」
姉さんが、ぶっきらぼうに答えた。
「見れば分かるでしょう。」
「さっぱり分からないなあ?」
「雲と山々と木ですよ。」
「ふ〜〜〜ん…」
「見えません?」
男は指差した。
「ひょっとして、これが雲?」
「それは山です!」
「山?変な山だな〜〜。水平線は、どこですか?」
「水平線?水なんかありませんけど?」
「先ず、水平線を決めなきゃあ。」
「水平線ねえ…」
「どこから、どこまでを描いているんですか?」
「右端から左端ですよ。」
「まるまる?」
「まるまるって?」
「ぜ〜〜んぶ描いてるの?」
「そうですよ。」
「パノラマの抽象絵画だ?」
「パノラマの抽象絵画?」
「それじゃあ、紙に入らないでしょう?」
「そうかなあ?」
「縮小するか、省略しないと。」
「そうですか?」
「先ず、構図を決めるの。こうやってね、景色を切り取るんですよ。」
「景色を切り取る?」
男は、やってみせた。両手の親指と人差し指を使って長方形を作り、目の前に当てた。
「こうやって、切り取るんです。やってごらんなさい。」
姉さんはやってみた。
「なるほど。」
「それを描くんですよ。」
「なるほど。」
姉さんは、スケッチブックをめくった。
「よし、描き直しだ!」
アニーも、スケチブックをめくった。
「わたしも、描き直そうっと!」
男のアドバイスは続いた。
「先ず、軽く線を引いて、水平線を決めるの。」
姉さんが質問した。
「何色でもいいんですか?」
「いいですよ、見えれば何色でも。」
二人は描き始めた。男は黙って観ていた。姉さんは、ひとまず描くと質問した。
「どうですか?」
「いいですねえ。ベリーグッドです。」
アニーも見せた。男は、親指を立てた。
「いいです、いいです!」
「あなた、ひょっとして画家ですか?」
「はい。じゃあ、わたしは多忙で美貌なので、これで。」
男は、名前も告げずに立ち去ろうとした。
アニーが呼び止めた。
「あの〜〜〜、お名前を教えていただけますか?」
「…小峰です、知ってます?」
「小峰さん…」
どこかで聞いたような名前だった。
「以前、水木しげる先生のアシスタントをやっていて、お墓の近くの公園で、先生に拾われた小峰です。こんなことを初めて会った人に言うなんて恥ずかしいなあ〜。じゃあ、わたしは多忙で美貌なので、これで!」
男は、いたずらっぽく笑っていた。
「え〜〜〜、まさか〜!?」
男は去って行った。
姉さんも驚いていた。
「今朝、朝ドラで観た、ゲゲゲの女房に出てきた、あの小峰さん?」
「まさか?」
「アシスタントを辞めて、放浪の画家になるって言ってた、あの小峰さん?」
「まさか?」
「いたずらっぽい笑い方は、そっくりだったわ。」
「そうですねえ…」
「多忙多忙って、妖怪いそがしが憑いているじゃないかしら?」
「そうですねえ…」
「あの人、美貌だった?」
「そうですねえ…」
二人は、去り行く小峰さんを、いつまでも見ていた。でも、妖怪いそがしは見えてはいなかった。


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