南無大師遍照金剛を何度も唱えてるうちに、きょん姉さんは正気に戻った。 「あら、霊気が抜けました!」 「霊気が抜けた?」 「気が抜けたみたいに。」 「どいうことですか?」 「ちょっと、言葉では説明できないです。気が抜けたとしか。」 「気が抜けた…」 「凄いですねえ、この呪文は。」 「とにかく、元に戻って良かったわ。」 「智拳印がまったく通じなかったわ。こんなの初めてだわ。」 「とにかく、早くここを離れましょう。」 「そうですね。」 二人は、中の橋の方に向かって歩き出した。 姉さんは振り返った。 「凄い気だったわ。やっぱり、この場所には、この場所の呪文でないと駄目なんだな。」 姉さんは、改めて悟った。 「オールマイティな呪文はないってことか。」 アニーは心配げに姉さんを見て歩いていた。 「葛城さんは、霊感が強いんですね。」 「霊感というか、いつも気を感じるんです。」 「きって、気功の気ですか?」 「気功の気は知りませんが、とにかく気です。」 「合気柔術の気ですね?普通の気と違うんですか?」 「大分違います。相手を予測する気なんです。」 「予測する気?」 「相手の動きを予測して、気を合わせるんです。」 「気を合わせる?」 「気を予測して気を合わせて、相手の動きを制するんです。」 「なんだか難しいですねえ。」 「簡単に言うと、相手の力を利用して投げ飛ばすんです。」 「…」 「これは、言葉ではなくって、スポーツのように身体で会得しないと分かりません。」 「なるほど。」 「相手が、八の力で攻撃してきたら、二の力で応じて合わせ、投げます。相手は、のれんに腕押しの要領で、自分から転びます。」 「なるほど…」 「でも、ときどき霊気にも合わせてしまうときがあるんですよ。」 「どうなるんですか?」 「霊気の場合、合わせたら霊の世界に引き込まれますから、すぐに印を結んで解きます。」 「さっきの、智拳印ですね?」 「普通だったら、これで解けるんですけど…、今までだったら。」 「今までだったら?」 「はい。でも、さっきの霊気は合霊気だったので、解けませんでした。」 「合霊気?」 「霊気が、こっちに合わせてきたんです。」 「え〜〜、そんなことが!?」 「不思議な体験でした。初めてでした。」 「どうして、合霊気って分かったんですか?」 「柔術の本に書いてあったのを思い出したんです。」 「紅流合気柔術って、忍術なんですか?」 「忍術ではありませんが、起源は伊賀流忍術の体術です。」 「そうなんですか。」 中の橋に着くと、道案内ロボットが、外国人の観光客に、たどたどしい英語で説明していた。その様子を見ながら、二人は駐車場の前の横断歩道を渡った。大きな龍のオブジェが見えていた。 「あそこに、龍が見えてるでしょう。あそこが舞姫公園です。」 「あそこですか。近いんですね。」 「はい。いよいよ、お待ちかねのアルパカに会いえますよ。」 「わ〜〜、楽しみだなあ〜!」 「公園の中に、おしゃれなレストランがあるんです。お昼は、そこで食べましょう。」 「わ〜〜、楽しみだなあ〜!」 姉さんは、まるで子供のように喜んでいた。それを見て、アニーは喜んでいた。 舞姫公園の中に入ると、三角形の形のグラウンドがあった。サッカーのゴールネットみたいなものが、三角形の角に、それぞれ三つあった。 「あれは何ですか?」 「三角サッカーです。」 「三角サッカー?」 「一チーム六人で、三チームで戦うんです。」 「へ〜〜え、なんか楽しそうですねえ。」 「少ない人数でプレイできて楽しいそうです。やったことありませんけど。」 「昔からあるんですか?」 「十年ほど前からです。私の小さいときにはありませんでした。」 「世の中は、どんどん変わってるんですねえ。」 「そうですねえ。また十年後はどうなってるんでしょうね?」 もう霧はなく、空は晴れ渡っていた。公園に植えられたいるコスモスの花が初秋の爽やかな微風に揺れていた。姉さんは、子供のように、くるっと回って景色を見た。 「やっぱりここは、下界にはない世界ですねえ。」
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