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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第82回   ニーツァオ!
アニーは、窓辺に立ちカーテンを大きく開けて、窓の外を見ていた。
「だいぶ、霧が開けてきましたねえ。」
隣で、子供のような瞳の姉さんが、素直に答えた。
「はい。」
アニーは腕時計を見た。
「九時ですねえ、出掛けましょうか。」
「はい。」
「あっ、棺桶の人たちが帰ってくるわ。」
「わ〜〜、やっぱり気持ち悪いなあ〜。」
「そうですねえ。」
「奇妙な趣味の人たちがいるもんですね。」
「百人いれば、百の趣味があるんですねえ。」
「そういうことになりますねえ。」
リスが駆けていた。姉さんが子供みたいに叫んだ。
「あっ、リスだわ!」
「リス、珍しいですか?」
「はい。」
姉さんには、全てがメルヘンチックに見えていた。
「葛城さんは、子供のように心が純真なんですねえ。」
「そうなのかなあ?」
「さあ、行きましょうか。」
「はい。」
アニーは、カーテンを静かに閉めた。近くで、福之助が片目を開けて二人を観ていた。福之助は壁にもたれて充電しながら半分寝ていた。
「じゃあ行って来るからね、福之助。」
姉さんは、福之助のアルミの頬にキッスをした。福之助はびっくりして両目を開けた。
「も〜〜、気持ち悪いなあ〜!急に変なことしないでくださいよ!」
アニーも、反対側の頬にキッスをした。
「福ちゃん、行ってくるよ。」
福之助は再びびっくりした。
「わ〜〜〜、感激〜〜!」
姉さんは怒った。
「何だよ、対応が全然違うじゃないかよ!」
「姉さん、早く行ってらっしゃい。」
「なんだよ、このやろう!」
アニーは微笑みながら、軽く手を振った。福之助は、慌てて質問した。
「あっ、そうだ。昼食は?」
「たぶん、食べてくるから、いいわ。」
「たぶん、ですか?」
「そう、たぶん。」
「じゃあ、ひょっとしたら帰ってくることもあるってことですね。」
「そういうことですね。そのときには連絡します。」
「分かりました。」
二人は仲良く出て行った。アニーは微笑みながら、姉さんは福之助を睨みながら。
ログハウスの外に出ると、真由美が自宅の前にリアカーを引いて立っていた。姉さんは手を振った。
「真由美ちゃ〜〜ん!おはよ〜〜う!」
真由美が気が付いて手を振った。
「おはようございま〜〜〜す!」
アニーは、真由美に向かって歩き出した。
「こっちから行きましょう。」
「えっ、人間村の方ですか?」
「はい。ついでに村を見て行きましょう。」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。彼らは働きに出てますから。」
喋ってるうちに、真由美の家の前に着いていた。真由美は、二人を待っていた。
アニーが微笑みながら尋ねた。
「トマト、売れた?」
「はい。」
アニーはリアカーに載っているトマトを見た。
「少し、残っているじゃない。」
「いつも残るんです。このくらい。」
「ああ、そうなの。」
「中国人の人が買ってくれることもあるんです。」
「留学生の?」
「はい。」
背後から声がした。
「ニーツァオ!」
真由美は振り向いて答えた。
「ニーツァオ!」
留学生だった。一人だった。
「オカアサン、ゲンキデスカ?」
「はい。」
「ワタシノチチハ、チュウゴクノイシャデス。コンドツレテキマス。」
「えっ?」
「チュウゴクノイガクナラ、ナオルカモシレマセン。」
「えっ、治るんですか!?」
「ハイ、キット。」
「お母さんの脚が動くようになるんですか!?」
「ハイ、キット。」
真由美はびっくりして、家の中に急いで入って行った。
「おかあさ〜〜〜ん!」
真由美は、すぐに戻って来た。
「王(ワン)さん、入ってください。お母さんが、玄関で待ってます。」
その王(ワン)さんという留学生の青年は、「シツレイシマス。」と言って入って行った。
一通り説明すると、青年は出てきた。真由美も出てきた。
「どうもありがとうございます。」真由美は、深く頭を下げていた。
青年は、真由美の肩に、そっと手を当てた。
「ユウガタニ、マタキマス。四ジゴロでイイデスカ?」
「はい!」
青年は、高野山大学に向かって歩き出そうとした。アニーが呼び止めた。
「あの〜〜!」
「何デショウカ?」
「王(ワン)さんって、ひょっとして王沢東(ワンツートン)さんの?」
「ソウデス。王沢東(ワンツートン)は、ワタシノチチデス。」
「そうなんですか!」
アニーが驚いていると、青年は「チコクシマスノデ。」と言い残して、早足で歩き出した。
姉さんは、アニーに質問した。
「アニーさん、知ってるんですか?」
「はい。世界的に有名な中国の名医です。」
「えっ、そうなんですか。」
真由美がアニーに尋ねた。
「めいいって何ですか?」
「有名なお医者さんのことよ。」
「わ〜〜〜、じゃあ、絶対に治るね!」
「そうね。」
姉さんは、気遣って優しく真由美に尋ねた。
「お母さんは、脚が動かないの?」
「はい。交通事故で動かなくなったんです。」
「そうなの…」
「少しは動くんですけど、立てないんです。」
「そうなの…」
姉さんは、今度はアニーに尋ねた。
「何の先生なんですか?」
「たしか、針と医療気功の先生です。」
「医療気功?」
「御存知で?」
「気功なら知ってます。」
「西洋医学では、治らないという病気を治すという有名な先生です。医療気功の第一人者です。」
「気功で治すんですか?」
「はい。針と気功で。」
「そう言えば、以前テレビで観たことがあります。患者に手を当てて治してました。」
「それです。」
真由美は、二人の話を真剣な表情で、ひたすらに黙って聞いていた。アニーは、真由美の視線に気がついて、しゃがみ込んだ。
「真由美ちゃん、だいじょうぶよ。」
「じゃあ、お母さんと一緒に歩けるようになるのね。」
「そうよ。」
「わ〜〜、お母さんと、早く一緒に歩きたいなあ〜。」
真由美の瞳は、涙であふれていた。猫のタマが、真由美の足元で、からだを寄せながら鳴いていた。姉さんも、涙ぐんでいた。
「よかたわねえ、真由美ちゃん。」
「はい!」
真由美は、二人に尋ねた。
「どこに行くんですか?」
アニーが答えた。
「弘法大師に会いに行くの。」
「御廟(ごびょう)ですね。」
「そう。ちょっと、お母さんに挨拶していいかしら?」
「あっ、そうですか。どうぞ!」
二人は家の中に入って行った。



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