アニーは、窓辺に立ちカーテンを大きく開けて、窓の外を見ていた。 「だいぶ、霧が開けてきましたねえ。」 隣で、子供のような瞳の姉さんが、素直に答えた。 「はい。」 アニーは腕時計を見た。 「九時ですねえ、出掛けましょうか。」 「はい。」 「あっ、棺桶の人たちが帰ってくるわ。」 「わ〜〜、やっぱり気持ち悪いなあ〜。」 「そうですねえ。」 「奇妙な趣味の人たちがいるもんですね。」 「百人いれば、百の趣味があるんですねえ。」 「そういうことになりますねえ。」 リスが駆けていた。姉さんが子供みたいに叫んだ。 「あっ、リスだわ!」 「リス、珍しいですか?」 「はい。」 姉さんには、全てがメルヘンチックに見えていた。 「葛城さんは、子供のように心が純真なんですねえ。」 「そうなのかなあ?」 「さあ、行きましょうか。」 「はい。」 アニーは、カーテンを静かに閉めた。近くで、福之助が片目を開けて二人を観ていた。福之助は壁にもたれて充電しながら半分寝ていた。 「じゃあ行って来るからね、福之助。」 姉さんは、福之助のアルミの頬にキッスをした。福之助はびっくりして両目を開けた。 「も〜〜、気持ち悪いなあ〜!急に変なことしないでくださいよ!」 アニーも、反対側の頬にキッスをした。 「福ちゃん、行ってくるよ。」 福之助は再びびっくりした。 「わ〜〜〜、感激〜〜!」 姉さんは怒った。 「何だよ、対応が全然違うじゃないかよ!」 「姉さん、早く行ってらっしゃい。」 「なんだよ、このやろう!」 アニーは微笑みながら、軽く手を振った。福之助は、慌てて質問した。 「あっ、そうだ。昼食は?」 「たぶん、食べてくるから、いいわ。」 「たぶん、ですか?」 「そう、たぶん。」 「じゃあ、ひょっとしたら帰ってくることもあるってことですね。」 「そういうことですね。そのときには連絡します。」 「分かりました。」 二人は仲良く出て行った。アニーは微笑みながら、姉さんは福之助を睨みながら。 ログハウスの外に出ると、真由美が自宅の前にリアカーを引いて立っていた。姉さんは手を振った。 「真由美ちゃ〜〜ん!おはよ〜〜う!」 真由美が気が付いて手を振った。 「おはようございま〜〜〜す!」 アニーは、真由美に向かって歩き出した。 「こっちから行きましょう。」 「えっ、人間村の方ですか?」 「はい。ついでに村を見て行きましょう。」 「大丈夫ですか?」 「大丈夫ですよ。彼らは働きに出てますから。」 喋ってるうちに、真由美の家の前に着いていた。真由美は、二人を待っていた。 アニーが微笑みながら尋ねた。 「トマト、売れた?」 「はい。」 アニーはリアカーに載っているトマトを見た。 「少し、残っているじゃない。」 「いつも残るんです。このくらい。」 「ああ、そうなの。」 「中国人の人が買ってくれることもあるんです。」 「留学生の?」 「はい。」 背後から声がした。 「ニーツァオ!」 真由美は振り向いて答えた。 「ニーツァオ!」 留学生だった。一人だった。 「オカアサン、ゲンキデスカ?」 「はい。」 「ワタシノチチハ、チュウゴクノイシャデス。コンドツレテキマス。」 「えっ?」 「チュウゴクノイガクナラ、ナオルカモシレマセン。」 「えっ、治るんですか!?」 「ハイ、キット。」 「お母さんの脚が動くようになるんですか!?」 「ハイ、キット。」 真由美はびっくりして、家の中に急いで入って行った。 「おかあさ〜〜〜ん!」 真由美は、すぐに戻って来た。 「王(ワン)さん、入ってください。お母さんが、玄関で待ってます。」 その王(ワン)さんという留学生の青年は、「シツレイシマス。」と言って入って行った。 一通り説明すると、青年は出てきた。真由美も出てきた。 「どうもありがとうございます。」真由美は、深く頭を下げていた。 青年は、真由美の肩に、そっと手を当てた。 「ユウガタニ、マタキマス。四ジゴロでイイデスカ?」 「はい!」 青年は、高野山大学に向かって歩き出そうとした。アニーが呼び止めた。 「あの〜〜!」 「何デショウカ?」 「王(ワン)さんって、ひょっとして王沢東(ワンツートン)さんの?」 「ソウデス。王沢東(ワンツートン)は、ワタシノチチデス。」 「そうなんですか!」 アニーが驚いていると、青年は「チコクシマスノデ。」と言い残して、早足で歩き出した。 姉さんは、アニーに質問した。 「アニーさん、知ってるんですか?」 「はい。世界的に有名な中国の名医です。」 「えっ、そうなんですか。」 真由美がアニーに尋ねた。 「めいいって何ですか?」 「有名なお医者さんのことよ。」 「わ〜〜〜、じゃあ、絶対に治るね!」 「そうね。」 姉さんは、気遣って優しく真由美に尋ねた。 「お母さんは、脚が動かないの?」 「はい。交通事故で動かなくなったんです。」 「そうなの…」 「少しは動くんですけど、立てないんです。」 「そうなの…」 姉さんは、今度はアニーに尋ねた。 「何の先生なんですか?」 「たしか、針と医療気功の先生です。」 「医療気功?」 「御存知で?」 「気功なら知ってます。」 「西洋医学では、治らないという病気を治すという有名な先生です。医療気功の第一人者です。」 「気功で治すんですか?」 「はい。針と気功で。」 「そう言えば、以前テレビで観たことがあります。患者に手を当てて治してました。」 「それです。」 真由美は、二人の話を真剣な表情で、ひたすらに黙って聞いていた。アニーは、真由美の視線に気がついて、しゃがみ込んだ。 「真由美ちゃん、だいじょうぶよ。」 「じゃあ、お母さんと一緒に歩けるようになるのね。」 「そうよ。」 「わ〜〜、お母さんと、早く一緒に歩きたいなあ〜。」 真由美の瞳は、涙であふれていた。猫のタマが、真由美の足元で、からだを寄せながら鳴いていた。姉さんも、涙ぐんでいた。 「よかたわねえ、真由美ちゃん。」 「はい!」 真由美は、二人に尋ねた。 「どこに行くんですか?」 アニーが答えた。 「弘法大師に会いに行くの。」 「御廟(ごびょう)ですね。」 「そう。ちょっと、お母さんに挨拶していいかしら?」 「あっ、そうですか。どうぞ!」 二人は家の中に入って行った。
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