熊さんは、卵を入れるダンボールの箱を持って、にこにこしながら戻って来た。 「今日は、五つしか余らなかったんだ。だから、トマト二個と交換してくれない?」 「二個でいいんですか?」 「二個でいいよ、トマトは高いから。」 「三個でもいいんですよ。」 「二個でいいよ。」 「じゃあ、選んでください。」 熊さんは、小さなアルミのリアカーに積んである十個ほどのトマトの中から、二個選んで取った。 「じゃあ、これと、これね。」 「ありがとうございます。ニワトリはどうして、卵を毎日産むんですか?」 「それはねえ、人間がつくったんだよ。」 「え〜〜〜!?」 「昔の昔のニワトリはね、毎日は産まなかったんだよ。人間はね、卵を食べるために、毎日産むようなニワトリを育てて作ったんだよ。」 「え〜〜、そうなんですかあ〜。」 「人間って、ずるいでしょう。」 「ほんと、ずるいわあ〜。」 「でもねえ、卵は人間が食べないと腐ってしまうでしょう。だから食べるの。」 「ヒヨコにはならないの?」 「ヒヨコにはならないんだよ。」 「ふふん。じゃあ、ニワトリはお母さんにはならないのね。」 「そういうこと。」 「ニワトリは、人間のために卵を産んでいるのね。」 「そういうことだね。」 「そうなんだあ〜。ニワトリは損してるのね、かわいそうだわ〜。」 「損ばかりじゃないよ。人間がニワトリを他の動物から守って、餌をやってるんだよ。」 「ああ、そういうことですか。」 「助け合って生きているんだよ。」 「人間とニワトリは、仲がいいんですね。」 「そういうことだね。お母さんは、どう?」 「とっても元気です。」 「それは良かった。」 「今日は、病院から先生が来るんです。」 「ああ、そうなの。あっ、そうだ!お母さん、乾燥肌かな?」 「かんそうはだって、何ですか?」 「顔とか、クリームつけてる?」 「はい、ときどきつけてます。」 「あ〜〜、そう!」 熊さんは、自分のドームハウスに早足で入って行った。そして直ぐに戻って来た。 「このクリーム、お母さんに、あげて。」 「これ、いただいてもいいんですか?」 「人にもらったんだけど、女性用だから。」 「わ〜〜、お母さん、とっても喜ぶわ〜。」 「そう、それは良かった!」 真由美は、頭を下げた。「熊さん、どうもありがとう!」 「今日は、トマトは売れたのかな?」 「はい。」 熊さんは、アルミのリアカーをしげしげと眺めた。 「このリアカー、どうしたの?」 「もんちゃんにもらったんです。」 「もんちゃんって、紋次郎のこと?」 「そうです。」 熊さんは、紋次郎を見た。 「こんなの、どこにあったの?」 「作業所の倉庫にしまってあったんです。自転車用のリアカーなんです。龍次さんに尋ねたら、誰も使ってないから持って行きなさいって言われたんです。」 「ああ、そう。」 熊さんは、リアカーをちょっと引いてみた。 「これ、軽くていいねえ。」 真由美が答えた。 「はい、とってもいいです。」 「紋次郎、おまえ気が利くなあ〜。」 紋次郎は黙っていた。 「熊さん、もう少し近くに行って、ニワトリを見てもいいですか?」 「いいよ。」 熊さんと紋次郎は、作業を再開した。ニワトリたちは、金網の張られた鳥小屋のなかで、忙しそうに餌を食べていた。真由美は小さな声で言った。 「ニワトリさん、毎日たまごを産んで、どうもありがとう。」 ニワトリたちは、ときどき真由美を見ながらも忙しそうに餌を食べていた。 「やっぱり、人間にだまされそうな顔をしてるわ。」 真由美は、五分ほど見ていた。ニワトリに手を振った。 「またね、ニワトリさん。」 熊さんと紋次郎は、忙しそうに鳥小屋を作っていた。 「熊さん、また来ます。」 「おっ、もういいのかい?」 「はい。」 「霧が濃いから、気をつけて帰るんだよ。」 「はい!」 紋次郎が手を上げた。 「またね〜、真由美ちゃ〜〜ん!」 「またね〜、もんちゃん!頑張ってねえ〜!」 真由美は、「熊さん、ありがと〜う!」と言いながら帰って行った。
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