正男は、ヨコタンにおぶられて帰って来た。 「あらあら、寝ちゃったぁ。」 母親は、ヨコタンの後ろを歩いていた。 「昨日から、電車ばっかりで、あんまり寝てないんですよ。」 「そうなんですかあ。」 ヨコタンは、事務室のソファーに寝かせた。 「ちゃっと待っててください。毛布を持ってきますから。」 「ありがとうございます。」 ヨコタンは出て行くと、すぐに戻って来た。寝入っている正男に、毛布を優しく掛けてやった。もう一枚の毛布を母親に渡した。 「眠くなったら、遠慮しないで、ここでよかったら横になって休んでください。」 「いろいろと、ありがとうございます。」 「わたし、ちょと用があるので、保土ヶ谷さんが帰ってきたら、お知らせします。」 「よろしくおねがいします。」 ヨコタンは、集会室に戻った。そして、新しく来た若者と話していると、龍次が帰って来た。 「ただいま〜〜!」 「あら、龍次さん。ショーケンさんは?」 「彼は、もう一台の四輪自転車で橘さん家に行ったよ。修理を頼むついでにね。」 「ああ、そうですか。」 ヨコタンは立ち上がって、おごそかに龍次に歩み寄った。 「保土ヶ谷さん…」 「なんだい、神妙な顔をして?」 「保土ヶ谷さん…、何か私たちに隠していることありません?」 「えっ、何のこと?」 「ありませんか?」 「何もない、と思うけど…、どういうこと?」 「奥さんが来てるんですけど。」 「えっ!?」 「保土ヶ谷さんの奥さんが。」 「え〜〜〜〜ぇ!?」 「子供も来てますよ。」 「え〜〜〜ぇ!何のこと?冗談は止めてよ。」 ポンポコリンが出てきた。 「冗談は、そちらでしょう。」 「何言ってるんだい、ポンポコリン!」 ポンポコリンは、軽蔑の眼(まなこ)だった。 「最低!」 「え〜〜〜!?」 ヨコタンの目は、いたって冷静だった。 「事務室に待たせてあります。」 龍次は、狼狽(ろうばい)しながら事務室に入って行った。ヨコタンとポンポコリンも入って行った。龍次は、ソファーの親子を見ると立ち止まった。親子は、毛布をかぶって寝ていた。ヨコタンとポンポコリンに尋ねた。 「この人たち?」 ヨコタンが答えた。 「はい。」 母親が、起き上がった。龍次を見ていた。龍次も、その女を見ていた。 「えっ、この方が、わたしの妻って?」 「はい。」と言いながら、ヨコタンが龍次を紹介した。 「この方が、保土ヶ谷龍次さんです。」 女は、首を傾げた。 「違う!」 「えっ、何が違うんですか?」 「この人じゃないわ。この人、保土ヶ谷龍次じゃないわ。」 龍次も、ヨコタンもポンポコリンも、唖然としていた。 「この人、わたしの主人じゃないわ。」 龍次が答えた。 「わたし、保土ヶ谷龍次です。詳しく聞かせてくれませんか。」 龍次は、子供の寝てる側のソファーに座った。 女は、リュックから小さなバッグを取り出すと、写真を取って、龍次に手渡した。 「主人です。」 三十代くらいの、細長顔の男だった。そして、女はバッジを出した。 「これ、彼の組織のバッジです。ニート革命軍と言ってました。」 「ニート革命軍のバッジ?」 見たこともないバッジだった。R・Hのイニシャルが入っていた。 「R・H…、確かに、保土ヶ谷龍次も、R・Hですけど…」 ヨコタンが手を伸ばした。 「ちょっと見せてください。」 龍次は手渡した。 「見たことある?」 「これ…、ひょっとして、新赤軍のバッジです!」 「え〜〜〜!?」 龍次と、ヨコタンとポンポコリンに、緊張が走った。 「すみません、その写真、ちょっといいですか?」 女は、「いいですよ。」と言ったので、龍次が手渡した。 ヨコタンは、受け取ると、事務室のパソコンの前に座った。検索を始めた。 「龍次さん、やはりそうです。」 龍次がやってきて、パソコンを覗いた。 「このバッジ、新赤軍のバッジと同じです。」 「ほんとだ!」 「指名手配中の名前が載っています。」 「R・Hに該当するものはいるかね?」 「R・H…、あっ、います。平井怜治です。」 「ひらいれいじ…」 「顔写真が出ました。」 「この男か…」 「眼鏡をかけていますが、眼鏡を取ったら、この写真と似てると思います。」 「そうだなあ…」 龍次が、手招きして女を呼んだ。 「すみません。ちょっと見てくれませんか?」 女は急いでやって来た。パソコンを覗き込んだ。 「そうですね、眼鏡を掛けたら、こういう顔になるのかなあ…」 「日頃、眼鏡は掛けていなかったんですか?」 「はい、掛けていませんでした。」 ヨコタンが、クリックした。 「これが、眼鏡を掛けていない顔です。どうですか?」 「ちょっと違うけど、似てます。」 「整形してるんじゃないかしら?」 龍次が答えた。 「そうかも知れないなあ。」 龍次は女を見ると、改めて尋ねた。 「どうして、ここへ来たんですか?」 「一週間に一度、高野山から帰って来てたんですけど、三ヵ月ほど前から、急に帰って来なくなったんです。」 「それで、こちらへ?」 「はい。お金も無くなってしまって。」 鶴丸隼人が、「いやあ〜、参った参った、八幡宮!」と言いながら、事務室に入って来た。
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