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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第73回   かぐや姫になりたい
みんなの前を、忍者姿のランナーが走り過ぎて行った。聖火みたいなものを持って走っていた。
少女たちは驚いた。
「何、あれ!?」
交差点で止まった。左右を見て安全を確認して、また走り出した。
バス停の横の、インターネット喫茶・曼陀羅にいた外国人たちが、立ち上がって、忍者を見ていた。バス停のベンチに座っていた一人の少女が、慌てて携帯電話を取り出し、カメラで撮ろうとしたが、走り去っていなくなってしまった。
初老の男は冷静に見ていた。熊さんが、少女たちに教えてやった。
「あれは、高野山警察の忍者隊・月光だよ。」
「何してるんですか?」
「よくは知らないけど、お不動さんの火で高野山の一週間の厄を払っているんだよ。」
初老の男が説明を始めた。
「あれは、迦楼羅焔(カルラえん)ランナーと言って、下界から来た毒を、迦楼羅(カルラ)の焔(ほのお)で焼き尽くしているんですよ。」
「かるらって、何ですか?」
質問したのは、よく喋る少女だった。
「毒を焼いて食べるという伝説の鳥です。不動明王の後ろで燃えてるのが、それです。」
「不動明王の炎のことですか。」
「そうです。」
「じゃあ、あれが三毒を燃やしているんですね。」
「そうです。」
バスがやって来た。四人はバスに乗り込んだ。熊さんは、人間村に向かって歩き出した。
「三毒かあ…、覚えとこう。建物の土台の土や白アリみたいなもんだな…、人間も土台が大切だってことか。」
熊さんは、元大工だった。
「杉さん、ぎっくり腰、良くなったかなあ〜?」
高野山病院の前で、若い女が、コンクリートのしきりの上に座っていた。生気がなく、まるで幽霊みたいだった。ぼんやりと月を見ていた。
熊さんは通り過ぎようとしたが、立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「かぐや姫になって、月に行ってみたいなあ〜と思って。」
「かぐや姫…」
「わたし、心を落としてしまったみたいなんです…」
「…心を落とした?この病院に入院されてる方ですか?」
「違います。」
「近くの方ですか?」
「…はい。」
熊さんは、見かけない顔だなあ〜、と思った。
「そんな格好で、こんなところにいると、風邪を引きますよ。」
女性は、ジーンズをはき、薄手のものを着ていた。
「はい…」
返事には、生気がなかった。幽霊のように立ち上がった。倒れそうになったので、熊さんは女性の腕を取って補助した。
「大丈夫なの?」
「はい。」
女性の腕は細く冷たかった。少し震えていた。
「ほんとうに大丈夫?」
「ちょっと寒いだけです。」
「風邪引いてるんじゃないの?」
「おじさん、親切ですねえ。」
「うん?」
「おじさん、男だよね?」
「うん?そうだよ。」
「ちゃんと帰れます。もう大丈夫です。」
熊さんは手を離した。その女は、熊さんとは逆方向の大通りに向かった、ゆっくりと歩き出した。足取りは、ふらふらとして危なかった。
「大丈夫かなあ…」
熊さんが、心配そうに見ていると、お坊さんが通りかかった。
「どうしたんですか?」
「あの女性、ちょっと変なんです。」
熊さんは指差した。女はまたも転びそうになった。二人は慌てて助けに走った。
お坊さんは、こころ避難所の、お坊さんだった。


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