みんなの前を、忍者姿のランナーが走り過ぎて行った。聖火みたいなものを持って走っていた。 少女たちは驚いた。 「何、あれ!?」 交差点で止まった。左右を見て安全を確認して、また走り出した。 バス停の横の、インターネット喫茶・曼陀羅にいた外国人たちが、立ち上がって、忍者を見ていた。バス停のベンチに座っていた一人の少女が、慌てて携帯電話を取り出し、カメラで撮ろうとしたが、走り去っていなくなってしまった。 初老の男は冷静に見ていた。熊さんが、少女たちに教えてやった。 「あれは、高野山警察の忍者隊・月光だよ。」 「何してるんですか?」 「よくは知らないけど、お不動さんの火で高野山の一週間の厄を払っているんだよ。」 初老の男が説明を始めた。 「あれは、迦楼羅焔(カルラえん)ランナーと言って、下界から来た毒を、迦楼羅(カルラ)の焔(ほのお)で焼き尽くしているんですよ。」 「かるらって、何ですか?」 質問したのは、よく喋る少女だった。 「毒を焼いて食べるという伝説の鳥です。不動明王の後ろで燃えてるのが、それです。」 「不動明王の炎のことですか。」 「そうです。」 「じゃあ、あれが三毒を燃やしているんですね。」 「そうです。」 バスがやって来た。四人はバスに乗り込んだ。熊さんは、人間村に向かって歩き出した。 「三毒かあ…、覚えとこう。建物の土台の土や白アリみたいなもんだな…、人間も土台が大切だってことか。」 熊さんは、元大工だった。 「杉さん、ぎっくり腰、良くなったかなあ〜?」 高野山病院の前で、若い女が、コンクリートのしきりの上に座っていた。生気がなく、まるで幽霊みたいだった。ぼんやりと月を見ていた。 熊さんは通り過ぎようとしたが、立ち止まった。 「どうしたんですか?」 「かぐや姫になって、月に行ってみたいなあ〜と思って。」 「かぐや姫…」 「わたし、心を落としてしまったみたいなんです…」 「…心を落とした?この病院に入院されてる方ですか?」 「違います。」 「近くの方ですか?」 「…はい。」 熊さんは、見かけない顔だなあ〜、と思った。 「そんな格好で、こんなところにいると、風邪を引きますよ。」 女性は、ジーンズをはき、薄手のものを着ていた。 「はい…」 返事には、生気がなかった。幽霊のように立ち上がった。倒れそうになったので、熊さんは女性の腕を取って補助した。 「大丈夫なの?」 「はい。」 女性の腕は細く冷たかった。少し震えていた。 「ほんとうに大丈夫?」 「ちょっと寒いだけです。」 「風邪引いてるんじゃないの?」 「おじさん、親切ですねえ。」 「うん?」 「おじさん、男だよね?」 「うん?そうだよ。」 「ちゃんと帰れます。もう大丈夫です。」 熊さんは手を離した。その女は、熊さんとは逆方向の大通りに向かった、ゆっくりと歩き出した。足取りは、ふらふらとして危なかった。 「大丈夫かなあ…」 熊さんが、心配そうに見ていると、お坊さんが通りかかった。 「どうしたんですか?」 「あの女性、ちょっと変なんです。」 熊さんは指差した。女はまたも転びそうになった。二人は慌てて助けに走った。 お坊さんは、こころ避難所の、お坊さんだった。
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