熊さんが、ギャルと話していると、初老の男がやってきて、バス停の時刻表を見ていた。見終えると、ベンチに座った。座ると、長い袋の中から、刀のオモチャみたいなものを取り出した。 さっきの少女が、その刀に目をやった。 「降魔(ごうま)の利剣だわ!」 初老の男は、微笑んで答えた。 「ほ〜〜、若いのに御存知かね?」 「はい。」 「なかなかいいでしょう。」 「はい、とっても、いいです。」 「本物みたいでしょう?」 「はい。」 「本物見たことあるんですか?」 「インターネットで見ました。金属の刀のところは錆びていましたけど。」 「あ〜〜、そう。」 「どこで売ってたんですか?」 「大通りの出店だよ。今は、もういないよ。」 「随分、高そうですね?」 「そんなに高くはないよ。ちょうど二万円だったかな。二万円にしちゃあ、よくできてるでしょう。」 「はい、とっても。」 熊さんは質問した。 「何ですか、それは?」 初老の男は親切に答えた。 「これは、降魔(ごうま)の利剣、または降魔(ごうま)の剣と言って、不動明王の剣です。」 「不動明王の剣?」 「不動明王が右手に持っている剣です。」 「どういう御利益があるんですか?」 「御利益(ごりやく)とかいうものではないんですよ。自分を戒(いまし)める剣なんです。」 「自分を戒める剣?」 「自分の心を戒める剣です。」 「心を戒める剣…」 「自分の心にある悪魔を打ち払う剣です。貪(とん)、瞋(しん)、愚痴(ぐち)の三毒を切り払う仏法の智慧(ちえ)の剣です。」 「は〜〜、そうなんですか…」 熊さんは、首をひねった。 「何か?」 「いや、ちょっと言葉が分からなかったもので。とん、しん、という言葉が。」 「貪(とん)とは、むさぼり、必要以上に求める心です。 瞋(しん)とは、妬(ねた)み僻(ひが)みの心です。」 「ああ、そうなんですか。」 「愚痴(ぐち)を言うの、愚痴(ぐち)の本来の意味は、真理に対する無知の心を意味します。」 「は〜〜、そうなんですか。」 「この三つを、三毒と言います。」 「三毒…」 「心の三毒です。」 「心の三毒…」 「心の三毒は、精神を歪め犯します。だから、心を戒める剣、降魔(ごうま)の剣が必要なんです。」 仏教のことに疎い熊さんは、ひたすら素直に聞いていた。四輪の道案内ロボットが、ウィ〜〜〜ンとモーター音を唸らせ、「ごめんなすって、ごめんなすって!」と言いながら、通り過ぎて行った。
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