一の橋から出ると、入口近くで、女がセールスをしていた。若い女性だった。 「駒コーラの保湿クリームは如何ですか?」 「いらないよ。」 「どなたにも合う、保湿クリームです。」 「いらないよ。」 「皺を放っておくと、皺が増えますよ。」 「うるさいなあ〜。」 「男性用もありますよ。」 女は微笑んだ。女の笑顔は可愛かったが、営業スマイルだった。 「医者が、人間は石鹸で洗うだけで、自然に保湿されるって言ってたよ。」 「それは若いときだけです。」 「そうなの?」 「年齢を重ねる毎に、皮膚は衰え保湿力が損なわれてくるのです。」 熊さんは、女性が可愛いので、ついつい聴いていた、そして喋っていた。服に名札がついていて、小野節子と記してあった。 「こんな時間に、何やってるの?十時過ぎてるよ。」 「知ってます。セールスをやってるんです。」 「どうして、昼間に売らないの?人が沢山いるでしょう?」 「昼間は人が多すぎて、売れないんです。」 「そうなの?」 「はい。男性用もあります。いかがですか?」 女は、男性用のクリームを、手さげ袋から取り出した。 「駒コーラが、化粧品作ってるの?」 「はい。」 「ふ〜〜ん、あんた、どこから来たの?」 「奈良から来ました。」 「奈良から?」 「各地の観光スポットを回っているんです。一週間で次の場所に移動しています。」 「大変だねえ。」 「高野山は、今日が最終日なんです。」 「保湿クリームねえ…、いくらなの?」 「千円です。」 「…千円ねえ。」 「これを売ると、今日のノリマは達成できるんです。お願いします。」 熊さんは、お金が余り無かった。女の言葉は、いつものセールスのセリフだと思った。 「やっぱり要らない!」 熊さんは、「がんばってね!」と言って、人間村に向かって歩き出した。背後から女の声が聞こえた。 「駒コーラの保湿クリームは如何ですか〜?」 気になって振り向くと、彼女は懸命にセールスしていた。熊さんは、二十五歳で交通事故で亡くなった娘のことを思い出した。熊さんは、小走りで、彼女に戻って行った。 「それ買うよ。女性用のクリーム、いくら?」 彼女は、ほんとうの笑顔を見せた。 「千円です。ありがとうございます!」 女の瞳は、涙で潤んでいた。熊さんは、「頑張るんだよ!」と言って、手を振り、人間村に向かって歩き出した。女は、熊さんに手を振っていた。一期一会(いちごいちえ)の風が吹いていた。
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