忍(しのぶ)は、松葉杖を持つと、立ち上がった。 「後は、お願いします。」 「分かりました。」と、ヨコタンは返事をした。忍は集会所の裏口から出て行った。 ヨコタンは、新しい若者と対面して話し合っていた。 「寮を追い出されたんですね。」 「はい。」 誰かが、正面の入口から呼んでいた。 「ごめんくださ〜〜い!」 誰も出る者がいなかったので、ヨコタンが出て行った。 「はい、何でしょうか?」 修験者と母と子が立っていた。 「何でしょうか?」 「保土ヶ谷龍次さんは、いらっしゃいますか?」 「今はちょっと、出掛けていないんですけど、何か?」 「実は、この方が保土ヶ谷さんを頼って来ています。」 ヨコタンは、母と子を見た。 「保土ヶ谷の妻です。礼子といいます、はじめまして。この子は、龍次の子供で、正男です。」 その龍次の妻と名乗る礼子は、深く頭を下げた。子も深く頭を下げた。 ヨコタンは驚いた。 「えっ!」 次の言葉が出なかった。 礼子が尋ねた。 「主人は、いつごろ帰って来るんでしょうか?」 「主人?」 「はい、保土ヶ谷龍次です。いつごろ?」 「え〜〜〜!?」 「ご存知ないんですか?」 「いえ、知ってますけど。奥さんや子供がいるとは聞いてなかったもので。」 子供が悲しそうに、母に尋ねた。 「父ちゃん、いないの?」 今にも泣き出しそうだった。ヨコタンも、なんだか悲しくなった。 「とにかく、中に入ってください。」 修験者は二人を見届けると、安心して頭を下げた。 「では、よろしくおねがいします!」と言い残し、去って行った。 ヨコタンは、集会室の隣の事務室に通した。お客様用のソファーに座らせた。 「どうぞ、お座りください。」 「ありがとうござます。」と言って、母親は座った。 「お茶がいいですか、それともコーヒーがいいですか?」 「お茶でいいです。」 「坊やは、ジュースがいい、それともコーラかな?」 「コーラください!」 「はい、分かりました。」 ヨコタンは、集会室に戻って行った。治療室から、ポンポコリンを手招きで呼んで、台所に連れて行った。 「大変大変!」 「どうしたんですか?」 「龍次さんの妻という人が来てるの、子供を連れて。」 「え〜〜〜〜!?」 「とにかく、事務室に案内しておいたわ。」 「妻とか子供とか、今まで聞いたことがないわ。」 「わたしも。」 「でも、男って分からないからねえ。見かけだけじゃあ。」 「そうね、それは言えてる。」 「ひょっとすると、ひょっとかも?」 「そうよ、ああやって現に来てるんだもん。」 「そうね、だったら間違いないわ。」 一通り話すと、ヨコタンは事務室に飲み物を運んだ。ポンポコリンは治療室に戻った。 ヨコタンは事務室に入ると、黙って飲み物をテーブルに置いた。 母親が「ありがとうございます。」と礼を言った。子供も真似をするように、「ありがとうございます。」と礼を言った。 ヨコタンが質問した。 「どちらから来られたんですか?」 「埼玉です。」 「埼玉から!?電車でですか?」 「はい。極楽橋まで電車で来ました。」 「そこからは?」 「歩いてきました。」 「歩いて!?」 「お金が少なくなったもので。」 「それは大変でしたねえ。」 子供が母を見た。 「父ちゃんは、有名な金持ちだから大丈夫だよね。」 「そうよ、大丈夫よ。」 「お腹、空いたぁ。」 「父ちゃんが来るまで我慢しなさい!」 「うん!」 ヨコタンが気遣った。 「お昼は?」 「おにぎりを一つ食べただけなんです。」 母親が、リュックから、アルミホイルに包んであるおにぎりを一つ出した。 「これ食べなさい。」 「母ちゃんは食べないの?」 「わたしはいいよ。」 「じゃあ、僕も食べない。」 「しょうがないねえ〜。」 母親は、自分の分も取り出した。 「おにぎりは、これで終わり。」 二人は、仲良く食べ始めた。ヨコタンは、気の毒に二人を見ていた。母と子を、こんなめにあわせるなんて、許せないわ!と感じていた。 時計を見ると、ちょうど三時だった。 「まだ、帰りそうもありませんねえ。坊や、何か食べたいものある?」 「カレーライス!」 母親が微笑んだ。 「あの人、カレーライスが得意だったんです。」 「そういえば、保土ヶ谷さんも、カレー料理が得意だわ。」 「やっぱり!」 子供が手をあげた。 「父ちゃんのカレーライス、おいしいんだよ〜!」 「じゃあ、カレーライスを食べに行こう!」 「どこに行くの?」 「食堂よ。お母さんも一緒に行きましょう。」 「えっ、わたしもいいんですか?」 「勿論ですよ。龍次さんの代わりと思ってください。」 ヨコタンは、二人を連れて、食堂に向かった。ヨコタンの目は、菩薩のように限りなく澄んで優しかった。
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