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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第7回   龍次のカレーライス
忍(しのぶ)は、松葉杖を持つと、立ち上がった。
「後は、お願いします。」
「分かりました。」と、ヨコタンは返事をした。忍は集会所の裏口から出て行った。
ヨコタンは、新しい若者と対面して話し合っていた。
「寮を追い出されたんですね。」
「はい。」
誰かが、正面の入口から呼んでいた。
「ごめんくださ〜〜い!」
誰も出る者がいなかったので、ヨコタンが出て行った。
「はい、何でしょうか?」
修験者と母と子が立っていた。
「何でしょうか?」
「保土ヶ谷龍次さんは、いらっしゃいますか?」
「今はちょっと、出掛けていないんですけど、何か?」
「実は、この方が保土ヶ谷さんを頼って来ています。」
ヨコタンは、母と子を見た。
「保土ヶ谷の妻です。礼子といいます、はじめまして。この子は、龍次の子供で、正男です。」
その龍次の妻と名乗る礼子は、深く頭を下げた。子も深く頭を下げた。
ヨコタンは驚いた。
「えっ!」
次の言葉が出なかった。
礼子が尋ねた。
「主人は、いつごろ帰って来るんでしょうか?」
「主人?」
「はい、保土ヶ谷龍次です。いつごろ?」
「え〜〜〜!?」
「ご存知ないんですか?」
「いえ、知ってますけど。奥さんや子供がいるとは聞いてなかったもので。」
子供が悲しそうに、母に尋ねた。
「父ちゃん、いないの?」
今にも泣き出しそうだった。ヨコタンも、なんだか悲しくなった。
「とにかく、中に入ってください。」
修験者は二人を見届けると、安心して頭を下げた。
「では、よろしくおねがいします!」と言い残し、去って行った。
ヨコタンは、集会室の隣の事務室に通した。お客様用のソファーに座らせた。
「どうぞ、お座りください。」
「ありがとうござます。」と言って、母親は座った。
「お茶がいいですか、それともコーヒーがいいですか?」
「お茶でいいです。」
「坊やは、ジュースがいい、それともコーラかな?」
「コーラください!」
「はい、分かりました。」
ヨコタンは、集会室に戻って行った。治療室から、ポンポコリンを手招きで呼んで、台所に連れて行った。
「大変大変!」
「どうしたんですか?」
「龍次さんの妻という人が来てるの、子供を連れて。」
「え〜〜〜〜!?」
「とにかく、事務室に案内しておいたわ。」
「妻とか子供とか、今まで聞いたことがないわ。」
「わたしも。」
「でも、男って分からないからねえ。見かけだけじゃあ。」
「そうね、それは言えてる。」
「ひょっとすると、ひょっとかも?」
「そうよ、ああやって現に来てるんだもん。」
「そうね、だったら間違いないわ。」
一通り話すと、ヨコタンは事務室に飲み物を運んだ。ポンポコリンは治療室に戻った。
ヨコタンは事務室に入ると、黙って飲み物をテーブルに置いた。
母親が「ありがとうございます。」と礼を言った。子供も真似をするように、「ありがとうございます。」と礼を言った。
ヨコタンが質問した。
「どちらから来られたんですか?」
「埼玉です。」
「埼玉から!?電車でですか?」
「はい。極楽橋まで電車で来ました。」
「そこからは?」
「歩いてきました。」
「歩いて!?」
「お金が少なくなったもので。」
「それは大変でしたねえ。」
子供が母を見た。
「父ちゃんは、有名な金持ちだから大丈夫だよね。」
「そうよ、大丈夫よ。」
「お腹、空いたぁ。」
「父ちゃんが来るまで我慢しなさい!」
「うん!」
ヨコタンが気遣った。
「お昼は?」
「おにぎりを一つ食べただけなんです。」
母親が、リュックから、アルミホイルに包んであるおにぎりを一つ出した。
「これ食べなさい。」
「母ちゃんは食べないの?」
「わたしはいいよ。」
「じゃあ、僕も食べない。」
「しょうがないねえ〜。」
母親は、自分の分も取り出した。
「おにぎりは、これで終わり。」
二人は、仲良く食べ始めた。ヨコタンは、気の毒に二人を見ていた。母と子を、こんなめにあわせるなんて、許せないわ!と感じていた。
時計を見ると、ちょうど三時だった。
「まだ、帰りそうもありませんねえ。坊や、何か食べたいものある?」
「カレーライス!」
母親が微笑んだ。
「あの人、カレーライスが得意だったんです。」
「そういえば、保土ヶ谷さんも、カレー料理が得意だわ。」
「やっぱり!」
子供が手をあげた。
「父ちゃんのカレーライス、おいしいんだよ〜!」
「じゃあ、カレーライスを食べに行こう!」
「どこに行くの?」
「食堂よ。お母さんも一緒に行きましょう。」
「えっ、わたしもいいんですか?」
「勿論ですよ。龍次さんの代わりと思ってください。」
ヨコタンは、二人を連れて、食堂に向かった。ヨコタンの目は、菩薩のように限りなく澄んで優しかった。


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