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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第69回   上を向いてアルコール
元大工の熊さんは、外国人の観光客を、高野山で有名なカラオケ露天温泉・ゆらゆら音頭に案内した帰りだった。
「ちょっと気味が悪いけど、近道するか…」
熊さんは、玉川通りから、奥の院の石畳の参道に入った。
「おお、やっぱり不気味だなあ…」
この時間になっても、観光客が歩いてて、観光バスが走っている大通りと違って、大きな杉の木で挟まれ、両サイドに墓や供養塔が密集している石畳の参道は、冷んやりとした空気が漂う、荘厳な雰囲気の異空間であった。
「おっと、こっちは、弘法大師の寝場所だ。」
弘法大師の眠る御廟(ごびょう)に続く道が、右に伸びていた。薄暗い灯篭だけが、参道を照らしていた。時折、白装束のお遍路さんが、お経を唱えながら歩いていた。
熊さんは、左の参道に歩みを進めた。歩き出すと、なぜか気味悪さは消えていた。
「不思議だなあ、ちっとも怖くねえや。」
参道を照らしているのは、石の灯篭だけだった。時々、ムササビが目を光らせ飛んでいた。
奥の院は、一の橋から弘法大師の眠る御廟(ごびょう)までの、約二キロの長さの墓域のことで、おおよそ二十万基を超える諸大名・有名人・会社社長の墓石や供養塔の数々が立ち並んでいた。
熊さんは、爽やかな無気味さに首をひねった。
「ここは、偉大なる人々の魂が漂っているんだなあ…」
前方から、歌声が聞こえた。女性の声だった。

 名も知らぬ〜 遠き島より流れ寄る〜 椰子の実一つ〜 ♪

熊さんは、女性の歌声に、無常観を感じた。その歌声は、遠い思い出を彷徨い歩いている感じに聞こえていた。
その女性は、挨拶もしないで通り過ぎて行った。ひょっとしたら幽霊?熊さんは振り向いた。女性はいなかった。
「あれ、いない?」
前方から、英語の笑い声が聞こえた。三人の外国人だった。
「あの女、きっと大通りに出たんだな…」
ひょっとすると、幽霊だったかも知れないと思ったが、そんなことはどうでもよかった。そう思わせる雰囲気が、ここにはあった。
「そんなことは、どうでもいい。」
針葉樹の香りと、荘厳な雰囲気が、熊さんの魂を異次元の高みへと導いていた。熊さんは、ナイトツアーの参詣者とは逆方向に、一の橋に向かって歩いていた。
参道は杉と高野槙の見事な並木道で、推定樹齢八百年の平安期から残っている樹もあれば、新しいものもあった。
一の橋近くの、大通りの街路灯で明るくなった墓域には、坂本九の墓があった。
熊さんは、立ち止まった。手を合わせて、お参りした。
「あ〜〜、コンビニにビールを買いに行っただけなのに、なんでこんなことになっちゃったんだよ?」
熊さんは、得意の替え歌を歌いだした。

 上を向いて〜 ア〜ルコール ♪




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