元大工の熊さんは、外国人の観光客を、高野山で有名なカラオケ露天温泉・ゆらゆら音頭に案内した帰りだった。 「ちょっと気味が悪いけど、近道するか…」 熊さんは、玉川通りから、奥の院の石畳の参道に入った。 「おお、やっぱり不気味だなあ…」 この時間になっても、観光客が歩いてて、観光バスが走っている大通りと違って、大きな杉の木で挟まれ、両サイドに墓や供養塔が密集している石畳の参道は、冷んやりとした空気が漂う、荘厳な雰囲気の異空間であった。 「おっと、こっちは、弘法大師の寝場所だ。」 弘法大師の眠る御廟(ごびょう)に続く道が、右に伸びていた。薄暗い灯篭だけが、参道を照らしていた。時折、白装束のお遍路さんが、お経を唱えながら歩いていた。 熊さんは、左の参道に歩みを進めた。歩き出すと、なぜか気味悪さは消えていた。 「不思議だなあ、ちっとも怖くねえや。」 参道を照らしているのは、石の灯篭だけだった。時々、ムササビが目を光らせ飛んでいた。 奥の院は、一の橋から弘法大師の眠る御廟(ごびょう)までの、約二キロの長さの墓域のことで、おおよそ二十万基を超える諸大名・有名人・会社社長の墓石や供養塔の数々が立ち並んでいた。 熊さんは、爽やかな無気味さに首をひねった。 「ここは、偉大なる人々の魂が漂っているんだなあ…」 前方から、歌声が聞こえた。女性の声だった。
名も知らぬ〜 遠き島より流れ寄る〜 椰子の実一つ〜 ♪
熊さんは、女性の歌声に、無常観を感じた。その歌声は、遠い思い出を彷徨い歩いている感じに聞こえていた。 その女性は、挨拶もしないで通り過ぎて行った。ひょっとしたら幽霊?熊さんは振り向いた。女性はいなかった。 「あれ、いない?」 前方から、英語の笑い声が聞こえた。三人の外国人だった。 「あの女、きっと大通りに出たんだな…」 ひょっとすると、幽霊だったかも知れないと思ったが、そんなことはどうでもよかった。そう思わせる雰囲気が、ここにはあった。 「そんなことは、どうでもいい。」 針葉樹の香りと、荘厳な雰囲気が、熊さんの魂を異次元の高みへと導いていた。熊さんは、ナイトツアーの参詣者とは逆方向に、一の橋に向かって歩いていた。 参道は杉と高野槙の見事な並木道で、推定樹齢八百年の平安期から残っている樹もあれば、新しいものもあった。 一の橋近くの、大通りの街路灯で明るくなった墓域には、坂本九の墓があった。 熊さんは、立ち止まった。手を合わせて、お参りした。 「あ〜〜、コンビニにビールを買いに行っただけなのに、なんでこんなことになっちゃったんだよ?」 熊さんは、得意の替え歌を歌いだした。
上を向いて〜 ア〜ルコール ♪
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