「ばかやろう!」 女は、相変わらず小さな声で、時々叫んでいた。 「良子、僕だよ。帰るぞ!」 良子は、夫の声に頭を上げた。 「なんだ、おまえか!」 「さあ、帰ろう。」 「どこに帰るんだよ?」 「家だよ、我が家。」 「我が家〜〜?そんなもの、どこにあるんだよ〜?」 「さあ、帰ろう。」 「分かったよ、帰るよ。真一君。」 良子は立ち上がった。ふらふらしていた。倒れそうになったので、夫の真一は、慌てて両手で支えた。 「しょうがないなあ〜、まったく。」 「おぶってくれる、真ちゃん?」 「分かった、分かった。」 真一は、しゃがみこんだ。 良子は、真一の背中に覆いかぶさった。 「重いなあ〜。」 龍次と、みっちゃんが両サイドから手伝った。 「どうもすみませんねえ〜。」 真一は歩き出した。アシスト自動車の前で、良子を降ろした。後ろの座席のドアを開けた。良子は立とうとしたが、ふらついて倒れそうになった。龍次とウメさんが、急いで補助した。 「大丈夫だよ。余計なことするな!」 真一が怒った。 「おまえ、なんてこと言うんだよ。」 「ばかやろう!」 天軸山の頂上に、突然に神鳴りが落ちた。稲光と同時に、空気を砕く物凄い落雷音が轟いた。 みんなはびっくりした。良子は、驚いてうずくまった。 「わ〜〜、怖〜〜〜い!」 天軸山の頂に建っている、不動明王の右手に持ち上げた剣が、七色に光っていた。避雷針になっている不動明王の剣が、天の神鳴りを拾って大地に帰した瞬間だった。神鳴りの電気で、剣はダイヤモンドのように眩しく七色に光っていた。 龍次は、その瞬間を初めて見た。 「お〜〜〜、不動明王(アチャラナータ)の剣が、降魔(ごうま)の剣になったぞ!」 みんなも、その瞬間を見るのは初めてだった。良子は、不動明王(アチャラナータ)に手を合わせた。 「ごめんなさい、ごめんなさい!お不動さま、ごめんなさい!」 不動明王の後ろで、邪悪な毒を焼き尽くす、迦楼羅(カルラ)の炎が、激しく燃えていた。 良子は、泣き顔で手を合わせ必死で拝んでいた。 「ごめんなさ、ごめんなさい!もう二度といたしません!」 心の悪魔を一刀両断に斬る降魔(ごうま)の剣は、同時に、強引に悟りに導く慈悲の剣でもあった。
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