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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第65回   不動明王の降魔剣
「ばかやろう!」
女は、相変わらず小さな声で、時々叫んでいた。
「良子、僕だよ。帰るぞ!」
良子は、夫の声に頭を上げた。
「なんだ、おまえか!」
「さあ、帰ろう。」
「どこに帰るんだよ?」
「家だよ、我が家。」
「我が家〜〜?そんなもの、どこにあるんだよ〜?」
「さあ、帰ろう。」
「分かったよ、帰るよ。真一君。」
良子は立ち上がった。ふらふらしていた。倒れそうになったので、夫の真一は、慌てて両手で支えた。
「しょうがないなあ〜、まったく。」
「おぶってくれる、真ちゃん?」
「分かった、分かった。」
真一は、しゃがみこんだ。
良子は、真一の背中に覆いかぶさった。
「重いなあ〜。」
龍次と、みっちゃんが両サイドから手伝った。
「どうもすみませんねえ〜。」
真一は歩き出した。アシスト自動車の前で、良子を降ろした。後ろの座席のドアを開けた。良子は立とうとしたが、ふらついて倒れそうになった。龍次とウメさんが、急いで補助した。
「大丈夫だよ。余計なことするな!」
真一が怒った。
「おまえ、なんてこと言うんだよ。」
「ばかやろう!」
天軸山の頂上に、突然に神鳴りが落ちた。稲光と同時に、空気を砕く物凄い落雷音が轟いた。
みんなはびっくりした。良子は、驚いてうずくまった。
「わ〜〜、怖〜〜〜い!」
天軸山の頂に建っている、不動明王の右手に持ち上げた剣が、七色に光っていた。避雷針になっている不動明王の剣が、天の神鳴りを拾って大地に帰した瞬間だった。神鳴りの電気で、剣はダイヤモンドのように眩しく七色に光っていた。
龍次は、その瞬間を初めて見た。
「お〜〜〜、不動明王(アチャラナータ)の剣が、降魔(ごうま)の剣になったぞ!」
みんなも、その瞬間を見るのは初めてだった。良子は、不動明王(アチャラナータ)に手を合わせた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!お不動さま、ごめんなさい!」
不動明王の後ろで、邪悪な毒を焼き尽くす、迦楼羅(カルラ)の炎が、激しく燃えていた。
良子は、泣き顔で手を合わせ必死で拝んでいた。
「ごめんなさ、ごめんなさい!もう二度といたしません!」
心の悪魔を一刀両断に斬る降魔(ごうま)の剣は、同時に、強引に悟りに導く慈悲の剣でもあった。


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