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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第62回   ばかやろう!
食堂のみっちゃんが、賄いの男二人と食堂から出てくると、イチョウの木の下の、待ちぼうけのテーブルに、誰かが座ってテーブルに伏せていた。みっちゃんが近づいて声をかけた。
「もしもし、どうしたんですか?」
中年風の女だった。
「もしもし…」
酒臭かった。
「酔っ払いだわ。」
女が叫んだ。
「ばかやろう!」
「もしもし、こんなところで寝てると、風邪をひきますよ。」
「…ばかやろう!」
「駄目だわ。」
風が強くなっていた。
「集会所に連れて行きましょう。」
二人の男が、両脇から女の両腕を肩に乗せ持ち上げた。
「あ〜〜、何すんだよ〜!」
女は立ち上がった。足元がふらついていた。
みっちゃんが尋ねた。
「歩けますか?」
「歩けるよ〜!」
女はふらついていた。
集会所は、まだ明かりがついていて、中に入ると、ウメさんが出てきた。
「どうしたんですか?」
「酔っ払い。倒れてたの。」
「そうですか。」
「ゲストルームに寝かせてあげるわ。」
「分かりました。」
ウメさんは、事務室のドアを開けて待った。
賄いの男二人が、女を支えて事務室に入って行った。みっちゃんも入った。
「ソファーに寝かせて。」
二人の男は、ソファーに寝かせた。ウメさんが、枕と毛布を持って来た。
みっちゃんは、枕を女の頭の下に入れ、毛布をかけてやった。
「後は、わたしがやるからいいわ。あなたたちは帰っていいわ。」
賄いの二人は帰っていった。
「ウメさん、まだ何かやってたの?」
「ええちょっと、ホームページの手直しを。」
「大変ね。」
女はイビキをかきだした。
「あらあら、寝ちゃったのかしら?」
みっちゃんは、女の枕元に行った。
「もしもし…」
返事は無かった。
「困ったなあ、名前を聞きたいんだけど。」
「…ばかやろう。」
「もしもし…、名前を教えてください。」
「なまえ…」
「名前です、名前!」
「長谷川…」
「長谷川、何さんですか?」
「長谷川、良子。」
「良い子の、りょうですか?」
「そうだ・よ!」
「自宅はどこですか?」
「なんだって?」
「自宅です、自宅。自宅はどこですか?」
「なんだって?」
「住所ですよ。」
「…わたし、もう寝る。」
「駄目だ、こりゃあ。ウメさん、高野山のホームページから検索してくれる、長谷川良子。」
「はい。」
みっちゃんは、携帯電話を取り出すと、龍次に電話をかけた。龍次は出なかった。
「おかしいなあ、お風呂にでも入ってるのかしら。」
ウメさんが、パソコンを見ながら言った。
「分かりました。高野町営住宅に、同じ名前の人がいます。」
「電話番号は?」
ウメさんは、電話番号を教えた。みっちゃんは、そこに電話をした。相手は、すぐに出た。長谷川良子の夫だった。
「ああ、やっぱり。」
『……』
「ああそうですか。じゃあ待ってます。」
「何ですって?」
「今、旦那さんが、迎えに来るって。」
「それは良かったですねえ。」
龍次から電話がかかってきた。みっちゃんは説明した。女が小さな声で言った。
「ばかやろう!」



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