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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第59回   身代わり地蔵
龍次が、人間村の門を点検に行くと、門の近くにある身代わり地蔵の前で、二人が同じように手を合わせて祈っていた。

 オンカカカ ビサンマエイソワカ

中年の夫婦だった。龍次に気づき挨拶した。
「こんばんわ。」
龍次も挨拶した。
「こんばんわ。」
女性は、少し脚を引きずっていた。
「脚をどうかされたんですか?」
女性が答えた。
「糖尿病を患ってて、脚を痛めて悪くしてしまったんです。」
「あ〜、そうですか。糖尿病、最近多いんですってねえ。」
「そうなんですか。」
「日本人成人の、五人に一人は糖尿病予備群なんだそうです。」
「そんなにいるんですか。」
夫は、懐中電灯を持っていた。
「さすがに、保土ヶ谷さんは、いろいろと詳しいですねえ。」
「分からないことがあったら、すぐにインターネットで調べるんです。」
「あ〜〜、そうか。病気になったら、頭もにぶるんですよ。困ったものです。」
「何事も無理はしないほうがいいです。」
「私も糖尿病でして。夫婦そろって、まったく情けない有様です。」
「それはそれは、大変ですねえ〜。」
「お医者さんに、適度な運動が大切って言われましてねえ。夫婦で夜に散歩してるんですよ。」
「夜にですか?」
「昼間は、人が多いもんですから。」
「運動は大切です。動物は、動く物と書きますから。」
「あ〜〜、医者も同じことを言ってました。」
いつもの、背番号13の男が走り過ぎて行った。細くて筋肉質の若い男だった。
「あ〜〜、若い人はいいなあ〜。」
夫婦は、通り過ぎて行った男を、羨ましい目で、懐かしそうに見ていた。
「昔のように、ああやって溌剌と走ってみたいもんです。」
「頑張れば、きっとよくなりますよ。」
「実は、心臓も悪いんですよ。」
「…太ももは、第二の心臓です。太ももが弱ると、心臓も弱ります。」
「太ももは、第二の心臓なんですか?」
「太ももの筋肉で、血液を送って、心臓を助けているんですよ。」
「保土ヶ谷さんは、いろいろと詳しいんですね〜。」
「いやあ、インターネットの知識ですよ。」
「あ〜あ、人間は健康を失って、初めて健康の大切さに気づくんですねえ。実に悲しいです。」
「最近は、若い人も多いんですよ、糖尿病は。この前、歩行異常の子供のニュースをやってました。」
「そうなんですか?怖い世の中になってきたもんですねえ〜。」
「なるべく動かないで、楽してるからなんでしょうねえ。」
「そういえば、私の息子も運動しないなあ〜、最近は。」
「また転んだら大変です。気をつけて帰られたほうがいいですよ。」
夫は軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
夫婦は歩き出した。
龍次は、弘法大師の眠る天軸山の向こうの御廟(ごびょう)に向かって、静かに手を合わせた。
「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)!今日も無事に過ごせました。ありがとうございます!」



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