将棋をやりはじめて、三十分過ぎていた。龍次は、石田流のさばきから、大阪城の真田丸のような石田流本組みを用心深く敵の動きを見ながら構築させていた。 「石田流は、横からの攻撃に弱いわ。」 「そうなの?」 真由美は、組ませないように、石田流奇襲に転じるのを警戒しながら、駒を巧みにさばいていた。 「真由美ちゃん、上手いなあ〜。誰に教わったの?」 「お父さん。お父さんは、高野山の将棋のシャンピオンだったの。」 「あ〜、そ〜お!」 「角を交換したら、こっちの勝ちだわ。」 「真由美ちゃんは、お父さんの遺伝子を、見事に受け継いでいるんだなあ…」 「龍次さんの番ですよ。」 「指し手が早いねえ…」 「明日になってしまうわ。」 「この将棋の人形の駒、どうも駄目だなあ〜〜。見辛くって…」 「どこが駄目なの?」 「見えないなあ〜〜。駒の動きが見えないなあ〜。」 「そうですか?」 「駒音もしないしなあ〜。どうも調子が狂うなあ〜。」 龍次は、しきりにぼやいていた。 「僕の持ってる、将棋盤と駒だったらなあ〜。」 龍次が甲高い声で言った。 「真由美ちゃん、長くなりそうなので、またこの次にしよう!」 「この次って?」 「来週の日曜日!」 「もうすぐ終わるわよ。大人のくせに逃げるなんて、ひきょうだわ。」 「これからね、ちょっと用があるんだよ。封じ手にしようよ?」 「ふうじて?」 真由美は、封じ手を知らなかった。 「この途中の盤面を記録しておいて、この続きからやるんだよ。」 「どうやって記録するの?」 「携帯のカメラで記録しておこう。」 龍次は、携帯電話を出した。 「それでいいかな?」 「用があるんだったら、仕方ありませんね。」 龍次は、将棋盤の横に持ち駒を並べて撮影した。そして真由美に見せた。 「はい。」 真由美とまさとが見て確認した。将棋好きの二人の隊員も、後ろで見ていた。 「龍次さんの番からね。」 「そうだね。」 「でも…」 「なあに?」 「次の日曜日まで、次の手を考えるなんて、ちょっとずるいわ。」 「だから、封じ手を紙に書くんだよ。」 「ふうじてって?」 「次の手を、今紙に書くんだよ。」 「書いてどうするの?」 「この次にやるときに、真由美ちゃんに見せるんだよ。そしたら、どっちも長く考える時間がなくなるでしょう。」 「なるほど、そういうことですか。」 龍次は、事務所に入り、紙とボールペンを持って来た。 「じゃあ、書くからね。」 書き終わると、将棋好きの二人の隊員に見せた。二人は、同時に返事をした。 「はい、確かに書いてあります!」 龍次は、真由美にボールペンを手渡した。書かれてない面を出して、将棋盤の上に置いた。 「ここに、まゆみって書いてくれる。」 「どうして?」 「他の紙と取替えられなくなるでしょう。」 「なるほど、そういうことですか。」 封じ手は、少しややこしかった。でも、頭のいい真由美は、直ぐに理解した。 「こんなややこしいことしないで、はじめからやりましょうよ。」 「それでいいの?」 「それで、いいわ。」 龍次は、大いにずっこけた。
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