龍次は、次の手がなかなか指せなかった。真由美ちゃんの「ふりふりの振り飛車ですねえ〜。」の声が気になっていた。真由美ちゃんは、振り飛車を待っているのか?五分が過ぎようとしていた。龍次は黙って、ひたすら盤面を睨んでいた。だが、まったく次の指し手が見えてこなかった。龍次は、長年の経験と本能的な直感で、真由美に天性的な鋭さを感じていた。 真由美は、壁時計を見た。 「あ〜〜〜あ、五分が過ぎてしまったわ。」 このまま、飛車を振れば、何かが起きる。少女の鋭い剣が喉を突き刺す予感がした。 真由美が催促した。 「まだですか?」 相手の弱点は何だろう?この天才少女の弱点は?龍次は、懸命に思考を繰り返していた。 「明日がやってきますよ。」 そうだ、わたしには経験がある。長年の経験が…、そうだ、きっと真由美ちゃんは、昔の定跡を知らないものがあるはずだ…、知らない昔の定跡…、知らない振り飛車…、龍次は思い出した。 「そうだ!」 「どうしたんですか?」 天性の鋭さには、鋭い戦法しかない… 龍次は、黙って角頭の歩を押し出した。龍次は、心の中で、戦国の武将のように、歩兵に向かって、押せ〜押せ〜!と叫んでいた。 それを見て、真由美は目を丸くした。 「何、これ?」 龍次は、笑みを漏らした。やはり、知らなかったみたいだな… 今度は、真由美が考え始めた。 「分かったわ。石田流ね。」 「知ってるの?」 「知ってるわ。だけど、石田流には組ませないわ。」 まさにそれは、真由美の鋭い天性の剣が、龍次の経験という凡人の太刀筋を見事に見抜いた瞬間だった。 「カミソリは切れるけど、間違うと怪我をするわ。」 真由美の目は、鋭く龍次の指し手を、咎(とが)めるように睨んでいた。 「カミソリは切れるけど、すぐに折れるわ。」
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