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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第53回   ふりふりの振り飛車
「君たち、将棋はもうやらないの?」
「はい。」返事をしたのは、眼鏡の男だった。
「じゃあ、これちょっと貸してくれない。」
「どうぞ。」
龍次は振り返り、真由美を見た。
「じゃあ、真由美ちゃん。一番、やりましょうか?」
真由美は、不敵に笑っていた。
「いいわよ。」
龍次が、将棋盤と駒人形を、椅子の上に置いた。
「このほうが見やすいよね。真由美ちゃん?」
「あっ、このほうがいいわ。」
龍次と真由美は、椅子に座った。二人は黙って、駒人形を並べ始めた。
駒人形を作った男が、「これが、飛車です。これが、角です。これが金です。」と教えていた。
真由美は面白がっていた。
「わ〜〜、面白いなあ〜、これ。」
アラ還の龍次は、戸惑っていた。
「これ、何だったっけ?」
「銀です。」
「じゃあ、これが金ですね。」
「そうです。」
真由美は笑みを浮かべながら、龍次を見ていた。
「大丈夫ですか?」
「真由美ちゃん、もう覚えたの?」
「こんなの、すぐに覚えられるわ。」
「あっ、そう。」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫!さあ、やろう。」
「どっちが、先ですか?」
「真由美ちゃんが、先でいいよ。」
「ほんとうに、いいんですか?」
「じゃあ、振り駒で決めようか?」
龍次は、駒人形を取ろうとした。
「あれ、これじゃあ出来ないねえ。」
眼鏡の男が口を出した。
「振り駒は出来ないんです。」
「しょうがない、ジャンケンで決めよう。」
ジャンケンは、真由美が勝った。真由美が先手になった。
「あっ、不吉な予感。」
真由美は、「お願いします!」と言って、頭をペコリと下げた。
龍次も、同じように「お願いします!」と言って、頭を下げた。真由美は、躊躇無く、飛車道を開けた。
龍次は思わず唸った。
「おっ、攻撃的!」
真由美は、にやにやしながら、龍次の顔を覗きこんでいた。
「さて、どうしますか?」
「いきなり居飛車かあ…、強引だなあ…」
龍次は、いつものように、右手の中指と人差し指で、駒人形を拾おうとしたが、拾えなかったので、薬指を加勢して三本の指で持ち上げ、器用に角道を開けた。指さばきだけは、プロだった。
真由美は、なおも飛車先を突いてきた。龍次は、たじろいだ。
「お〜〜〜、特攻飛車か〜!?」
特攻を角で防いだ。
真由美は、可愛い右手の親指と人差し指で人形をつまみ、角道を開けた。龍次は、思わず、眉間に皺を寄せた。
「お〜〜、やるね〜!角ミサイル!」
龍次は、慌てて角道を遮断し、角ミサイルを防いだ。真由美は、にやにやしながら言った。
「ふりふりの振り飛車ですねえ〜。」
真由美ちゃんは、にやにやと不気味に楽しそうに笑っていた。
「どうしようかな〜〜。」
龍次は、背筋を伸ばして身構えた。
真由美は、飛車をつまんだ。龍次は、びっくりした。
「ここで、飛車?」
真由美は、飛車を前に二つ進めた。龍次は、首をひねった。
「何だ、何だ!?」
老兵の龍次には、真由美の指し手が、まったく見えなかった。それは、今までの定跡にはない、未知の領域の指し手だった。龍次は、自分しか聞こえないような小さな声で呟いた。
「単なる、定跡外しか…」
だが、そうではないものを、龍次は、長年の経験と直感で鋭く感じていた。もしここで、何も考えずに、上段に構えたら、少女の鋭い突きが喉を射抜くだろう…、間違うと、ここで終わりだな…。
まさとが呟いた。
「真由美の得意の戦法だあ。」
その声に、龍次は動揺し、また同時に納得した。
「やはり、新しい戦法だったのか…」
龍次は、この戦法を知らなかった。時は、容赦なく流れていた。


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