20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第48回   風が少し吹いていた
ショーケンは、ヨコタンの横にいて、走り去る光る球体の乗り物を、驚きの表情で見ていた。
「何、あれ!?」
ヨコタンが親切に答えた。
「乗り物。」
「転がって行っちゃったよ…」
「転がる乗り物。」
「転がる乗り物って、中の人は転がらないの?」
「転がったら、目が回って大変なことになってしまうわ。」
ショーケンの前には、龍次がいた。振り向いた。
「中の座席は回転しないんですよ。」
「え〜〜〜〜?」
ショーケンは考え込んでいた。
「あの人、誰なの?」
「発明革命家の豊沢豊雄先生です。」
「発明革命家の豊沢豊雄先生?」
大菩薩の隔離された施設にいた、クローンのショーケンは知らなかった。紋次郎が、とぼとぼやって来た。ヨコタンが声を掛けた。
「どうしたの?」
「急にいなくなったので、何かあったのかなあと思って、探しに来たんです。」
「大丈夫よ、何でもないわ。」
「そうですか、それは良かった。」
「さあ、帰りましょう!」
「じゃあ、おてて繋いで帰りましょう。」
「えっ?」
「おてて繋いで帰りましょう。」
紋次郎は、ショーケンのときと同じように、右手を差し出した。
「ふふふ、いいわよ。」
ヨコタンは、左手で紋次郎の右手を取った。
「さあ、帰ろう、」
「歌いましょうか?」
「えっ、何を?」
「おててつないでの歌です。」
「ふふふ、いいわよ。」
紋次郎は歌いだした。そして、手を繋いで歩き出した。ショーケンは、残念そうに、それを見ていた。
「なんだよ、あいつ。俺の真似しやがって。変なこと教えなきゃあよかった。」
「ショーケンさん、どうかしたの?」
「いや、何でもない。」
ショーケンは、一人つまらなさそうに、自分のドームハウスに帰って行った。みんなも、それぞれのドームハウスに帰って行った。龍次と一休さん夫妻だけ残っていた。
「一休さん、帰っていいよ。僕は、まだ集会所に用があるから。」
「ああ、そう。じゃあ、お休み。」
妻の明子も挨拶した。
「おやすみなさい。」
自分たちのドームハウスに帰って行った。龍次は、集会所に向かった。

紋次郎は、ドームハウスの前で立ち止まった。
「どうしたの、紋ちゃん?」
紋次郎は、繋いでいた手をほどくと、半回転して上空を見上げた。
「いつも、一日の終わりに、お月様や大空を見るんです。」
「どうして?」
「どうしてだか分かりません。」
「変ねえ…」
「きっと、お月様は、わたしと同じなんです。」
「どうして?」
「お月様も一人ぼっち、わたしも一人ぼっちなんです。」
「そんなことないわよ。わたしたちがいるじゃない。」
「わたしは生きている人間とは違います。お月様と同じように死んでいるんです。」
「死んでいる?」
「そうです。お月様が、ただ地球の周りを回っているように、ロボットも、ただ動いてるだけなのです。」
「そんなことないわよ〜。」
「わたしの心は、お月様の大地のように、真空なんです。何もないんです。」
紋次郎は、寂しそうに月を眺めていた。
「あなたって、とっても情緒的ねえ〜。」
ヨコタンは、感心して紋次郎を見ていた。風が少し吹いていた。




← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 31446