きょん姉さんは、お風呂に入り終えると、ログハウスの外に出て、玄関前の階段に座り、グラスに注いだ炭酸オレンジジュースを飲みながら、月を眺めていた。隣には、福之助が立っていた。 「福之助、おまえも座れよ。」 「はい。」 福之助は座った。 「そのほうが楽だろう。」 「いいえ。」 「あっ、そう?」 「お月様を眺めて楽しいんですか?」 「楽しい?」 「楽しいから、見てるんじゃないんですか?」 「別に、楽しくはないよ。」 「じゃあ、どうして?」 「高野山の情緒を味わっているだけだよ。」 「じょうちょ?」 「情緒だよ。辞書を引いて見ろ!」 「少々、お待ちください。」 福之助は、言葉メモリ内の検索を始めた。 「ありました!」 「読んで見ろ。」 「事に触れて起こるさまざまの微妙な感情。また、その感情を起こさせる特殊な雰囲気。」 「まあ、そういうことだ。」 「ますます、意味が分からなくなってきました。」 「ロボットには無理だよ。感情がないから。」 「そうですね。」 「いや〜〜、高野山の月は最高だなあ…」 「月は、どこでも同じですよ。日本で見ても、外国で見ても。」 「あ〜〜あ、つまんないやつ。」 「どうして人間には、情緒があるんですか?」 「情緒がないと、人間はギスギスして、心が病気になっちまうんだよ。」 「それは不思議ですねえ。」 「ちっとも不思議じゃないよ。」 「ロボットには、とっても不思議なことです。」 突然、ログハウスの前の道を、大きな光る球体が、奇妙な唸りを発して転がりながら走り過ぎて行った。姉さんは驚いた。 「お〜〜〜〜〜〜、何だ何だっ!?」 福之輔は、呆然としていた。 「今の、何でしょう?」 姉さんと福之助は、過ぎ去った方向を見ていた。アニーが、ドアを開け出てきた。 「何、今の音?」 「今、大きな火の玉が転がって行ったんです。」 「大きな火の玉が転がって?」 「はい。」 「どのくらい大きさの?」 「そうですねえ、高さが三メートルくらいだったでしょうか…」 福之助が答えた。 「約三メートル十五センチです。」 「ってことは、直径三メートルくらいの球体だったんですね?」 「そうです。」 「何色でした?」 「緑色でした。」 「緑色の球体…」 「何か?」 「ひょっとしたら、龍の玉かも…」 「龍の玉?」 「高野山には、龍の玉伝説があるんです。」 「龍の玉伝説?」 「弘法大師を守っている、龍の玉です。」 「え〜〜〜、それ緑色なんですか?」 「はい。」 「龍の玉って、何なんですか?」 「何もかも燃え尽くす、火の玉の妖怪です。」 「え〜〜〜、火の玉の妖怪!?」 「普段は緑色で、怒ると真っ赤になるそうです。」 なぜか風が止み、虫の声が聞こえなくなっていた。姉さんは怖くなった。 「わ〜〜、怖い!」 姉さんは、急いでログハウスの中に入って行った。
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