その頃、自然薯の龍次は、横浜の六角橋商店街のファミレスにいた。 「蝶子ちゃん、今日はどうもありがとう。」 「いいえ、どういたしまして。」 「どうだった?」 「仕事?」 「そう。」 「なんだか、すっきりしたわ。やっぱり外で働くと気持ちいいね。」 「今日は、天気がよかったからね。」 「きっと、龍次さんの日頃の行いがいいのね。」 龍次が外の景色を見ながら呟いた。 「この時間の、夕方過ぎの景色ってのは、なんだかいつでもノスタルジックな気分にしてくれるねえ…、不思議だなあ。」 「龍次さんって、意外とロマンティストなのね。」 「年のせいかな。」 「そんなことは、気分の問題だわ。」 「年のこと?」 「そう。若いと思えば、いつまでも若いわ。」 「そうだね。いいこと言うじゃん。」 「実は、わたしも友達に言われたの。」 「ああ、そう。蝶子ちゃんも、そういうことがあるんだ?」 「あるわよ〜、顔に出さないだけよ。気分が落ち込んで、何もかも嫌になるときが。」 「そういうときには、どうするの?」 「友人と会うの、話をしてると忘れてしまうわ。」 「いい友人だねえ。」 「龍次さんは?」 「もっぱら、酒飲んで、それで終わり。」 「それで、嫌なことを忘れちゃうんだ。」 「そういうことだね。」 「酒が飲める人はいいよね。」 「蝶子ちゃんは飲めないの?」 「わたしは、あまり飲めないの。気分が良くならずに、悪くなるの。」 「それは、お気の毒さま。」 「だから、友人と好きなものを食べるの。」 「ふ〜〜ん。甘いもの?」 「そうね。甘いものが多いわね。」 「そう…」 龍次はメニューを広げて覗き込んだ。 「じゃあ、何か甘いもの食べる?」 「今日はいいわ。」 「遠慮しなくてもいいんだよ。」 「これから、その友人に逢うの。」 「ああ、そうなんだ。男の人?」 「そう。」 「恋人?」 「そんなんじゃないわ。ただの友人。」 「何時に逢うの?」 「八時。」 龍次は腕時計を見た。ちょうど七時だった。 「どこで会うの、送って行くよ。」 「横浜駅東口。」 「ああ、そう。じゃあ送って行くよ。」 「ありがとう。」 「まだ、ちょっと早いね。」 「横浜駅は、すぐそこだもんね。」 龍次は、その友人に、ちょっと嫉妬していた。 「最近、フレエネミイってのが多いんだって。」 「なあに、それ?」 「フレンドと、エネミイの合成語。アメリカで流行ってるらしいけど。」 「エネミイって、どういう意味?」 「敵っていう意味だよ。フレエネミイは、表面はフレンドなんだけど、本当は敵で、嫉妬して恨んでいるんだよ。つまり、笑って友人ぶっているんだけど、本当は地獄に突き落とそうと思っているの。」 「わ〜〜、怖い。」 「見分け方があるんだよ。」 「見分け方?」 「人の話だけ親切に聞いて、自分のことは何も話さないんだよ。」 「あ〜〜、そういう人、いるわ!」 「その友人も、そうなんじゃないの?」 蝶子は、目玉を左上に寄せて考え始めた。一流大学出のインテリの龍次は、人が思い出すときには、左脳を使うので目玉が自然に左上を向き、嘘をつくときには、右脳を使うので自然に右上を向くことを知っていた。 「ただの友人よ。そんなんじゃないわ。」 「僕の時代や蝶子ちゃんの時代は、そういう男女関係って、普通にあったけど、異性の親友とかいてね。今は、そういうの無いみたいだねえ。異性の友人というと、すぐに彼氏や彼女になってしまう。変だよね。」 「きっと、心に余裕がないんじゃない。野獣化してるのよ。きっと、本能だけで生きているのよ。」 「なるほど。」 「心が未熟なのよ。」 「なるほどね。」 「心が、ロックンロールしてないのよ。」 「はっ?」 「表面はクールでおしゃれなんだけど、心はねちねちした、惚れた恋したの演歌なの。」 「なるほど〜〜。心はクールじゃないってことか。」 「そういうこと。」 「蝶子ちゃんは、蝶クールだもんな。」 「そう?」 「さすが、パンクロッカー!」 「わたし、女の腐ったような、ねちっこいの大嫌いなの。」 龍次は、クールに笑った。 「だって、クールじゃないと生きて行けないわ。めそめそしてたら、病気になっちゃうわ。」 「そうだねえ。」
|
|