一休さんは、お茶を飲みながら、何気に若い男に尋ねた。一休さんの隣に、妻の明子が座り、その隣に若い男は座っていた。 「また、どうして人間村に?」 「以前、インターネットで人間村を見たんです。」 「ああ〜、うちのホームページね。」 「はい。」 「村民募集のやつですね?」 「はい。」 「でも、ここは生活できるだけで、娯楽などはまったくありませんよ。」 「はい、それだけでいいんです。」 若い男は、悲しい顔になった。 「一緒に働いていた友人が、うつ病になって自殺したんです。それで、このままでは、わたしも病気になって自殺するような気がしてきて、仕事を止めてここに来たんです。」 「自殺するほど、ひどい仕事だったの?」 「はい。毎日、仕事仕事で休みも無く、まったく余裕がありませんでした。」 「日曜も休まずに?」 「はい。休みは、一ヶ月に一回でした。」 「それは、ひどいなあ。労働基準法違反だなあ。」 「派遣でしたから、仕方ありません。派遣社員は、単なる機械の部品なんです。」 「雑巾みたいなものですね。いらなくなったら、捨てられる。」 「はい、その通りです。働けなくなったら、ポイとゴミ箱行きなんです。」 「不要なファイルみたいに、容赦なく削除されるわけだ。」 「はい、そうなんです。」 「いやな世の中だなあ〜。」 「追い詰められて、病気になるまで働かされるんです。」 「考える余裕もないほど、仕事をさせるのが、やつらの手なんだよ。」 「そうみたいですね。最近になって、やっと分かりました。」 「余裕が無くなると、人間は病気になるんですよ。いろんな病気に。競争だけの社会では、病気になったら終わりです。」 保土ヶ谷龍次が入って来た。龍次は、一休さんに手を上げて挨拶すると、みっちゃんに声を掛けた。 「定食ちょうだい。」 「は〜い!」 龍次は、食券を手渡すと、セルフサービスの緑茶を持ってやって来て、一休さんの対面側に座った。 「この人?人間村に入りたいって人は?」 若い男が返事をした。 「はい、そうです!」 龍次は、大きな声に少し驚いた。 「お〜〜〜、元気がいいねえ。」 「名前は、今幾三(いまいくぞう)と言います。二十五歳です。」 「今行くぞ〜?漫才みたいな、面白い名前ですねえ。」 「はい。よく言われます。」 「どこから来たんですか?」 「名古屋から来ました。」 「工場の多いところですね。」 「はい、工場で働いていました。」 「ここのニートは、エヌ・イー・イー・ティのニートではなくって、エヌ・イー・エイ・ティのニートなんです。英語で、きちんとした、という意味です。」 「そうなんですか。」 「きちんとした労働に、きちんとした生活が生まれます。」 「はい。」 「きちんとした、という意味は、無理のない労働、無理の無い生活、という意味です。」 「はい。」 「だから、無理以上の労働もありませんが、無理以上の生活もありません。」 「はい。」 「つまり、娯楽のできるほどの贅沢な生活はできませんよ。それでもよろしいですか?」 「はい、それで結構です。」 「来た人の半数は、退屈で逃げて行きます。大丈夫ですか?」 「大丈夫です。戻って、過労で病気になって死にたくありません。」 「他人と協調できない人、迷惑をかける人は、即刻追放です。よろしいですか?」 「はい!」 「覚悟して来たんですね。」 「はい、覚悟して来ました。」 みっちゃんが声を掛けた。 「定食ができました。取りに来てくださ〜い!」
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