きょん姉さんが、窓際に座ってぼんやりしていると、測量の道具を持った男たちが近くを歩いていた。 「測量屋さんだわ。」 アニーは、テーブルの前に座り、パソコンで何かをやっていた。 「別荘を建てるんじゃないですか?」 「別荘?」 「このあたりは、最近の温暖化で、避暑地になっているんですよ。」 「ああ、そうなんですか。」 「高野山は、大阪から最も近い高原ですから。」 「高野山が、避暑地にねえ。」 「これからは、きっと宗教の地から、避暑地になるんでしょうねえ。」 「それは、お坊さんも、びっくりですねえ。」 「きっと、弘法大師も驚いていますよ。」 アニーは、少し虚ろな目になっていた。 「あ〜〜〜ぁ、何だか疲れちゃった。」 「まだ、風邪が治ってないんじゃないですか?」 「そうかも知れません。」 「少し横になって休んだほうがいいんじゃないかしら?」 「そうですね。ちょっと休みます。」 アニーは、上着と靴を脱ぐと、ベッドに横たわった。姉さんは立ち上がった。 「ミカンでも買ってきましょうか?」 「彼が、今日持ってきます。だいじょうぶです。」 「そうですか。」 福之助がやってきて、アニーを見つめていた。 「大丈夫ですか?」 「ちょっと、体温計で熱を計ってみるわ。持ってきてくれない?」 「はい。」 ドアベルが鳴った。 『山田で〜〜す!』 「あっ、噂をすればだわ。」 姉さんが対応して、ドアを開けた。慈尊院(じそんいん)の忍者男の山田が立っていた。 「今日の配給です!」 「どうもごくろうさま!」 山田は、テーブルの上に、バッグから取り出したポリエチレンの大きな袋を置いた。 「もう一つあります!」 と言って、足早に出て行った。直ぐに戻って来た。 左手に大きな鳥型の凧を持っていた。右手には紙袋を持っていた。 「カイトと、フォトカイト用のカメラと双眼鏡カメラです。」 山田は、紙袋をテーブルの上に置くと、周りを見回した。 「この凧、どこに置きましょうか?」 アニーが返事した。 「奥の床に置いておいて。」 「はい。」 支持された場所に置くと、山田はアニーの傍らにやってきた。 「ご注文のミカンも入っています」 「どうもありがとう。」 「大丈夫ですか?」 「高熱じゃないから、インフルエンザじゃないわ。大丈夫。」 「何か欲しいものがあったら、直ぐに届けますので、電話してください。」 「ありがとう!」 「じゃあ、無理しないで、お大事に。」 「明日も、この時間でいいわ。」 「分かりました!」 山田は、みんなに頭を下げると、出て行った。 姉さんは、カイトを見に行った。 「これどうするんですか?」 「空撮するんです。」 「空撮?」 「テーブルの上の紙袋の中に、カイト用の丸いカメラが入っています。それをぶら下げて撮影するんです。」 姉さんは、テーブルの紙袋の中から、丸いカメラを取り出した。 「これですね。」 「はい。それをカイトにぶら下げて撮影するんです。」 「どうやって撮影するんですか?」 「カイトをあげ、リモコンのスイッテを入れると、自動的に五秒おきに撮影されます。」 「ああ、だからフックのついた紐がついているんですね?」 「そうなんです。」 「どこを撮影するんですか?」 「転軸山(てんじくさん)から、人間村を撮影します。」 「いつ?」 「いつでもいいんです。風が人間村方向に適当に吹いてる日だったら。」 姉さんは、窓際に行って風を眺めた。 「人間村方向っていうと、左斜めですね…」 草花が、左斜めに揺れていた。 「今、その風が吹いてますよ。」 「ああ、そうですか。」 「今、撮影しに行きましょうか?」 「一人で大丈夫ですか?」 「凧揚げは得意でしたら、一人で大丈夫です。」 福之助が声をかけた。 「わたしも行きましょうか?」 「おまえは、目立つからいいよ。」 「わたしは、高野山に来てから、ちっとも役に立たないんですね!」 「そうじゃないよ。見つかったら、やつらに怪しまれるだろう。」 「分かりました!」 「留守番も大事な仕事だよ。アニーさんと、夕食を頼むよ!」 福之助は、直立不動の姿勢で敬礼をした。 「はい、分かりました!隊長!」 姉さんは、カイトとカメラを持って出て行った。 高野三山の中で、九百十五メートルの転軸山(てんじくさん)は、一番低かった。摩尼山(まにさん)は、千四メートル、楊柳山(ようりゅうさん)は、千八メートルあった。 転軸山公園から、転軸山の山頂までは、意外と近かった。 「なあんだ、子供でも楽勝じゃん!」 頂上の周りは芝生だった。姉さんは、人間村方向に少し下った。 「よし、ここらあたりだな。」 凧を右手で持つと、左手でカメラをぶら下げた。 「うん、いい風だ!」 姉さんは手を離した。 凧は、カメラをぶら下げて、ぐんぐんと揚がって行った。三百メートルほど揚がったところで、姉さんはリモコンのスイッチを押した。 「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)!」
|
|