初秋の高野山の風に夕陽が体当たりをして、風をよろよろと揺らしていた。ススキがふらふらと酔っ払いのように、仲良く揺れ合っていた。その風を見ながら、ショーケンは歩いてやってきたようだった。
通りゃんせ〜 通りゃんせ〜 ♪ 行きは良い良い〜 帰りは酔っ払い ♪
ショーケンは、真由美ちゃんの前で立ち止まった。 「変な歌だねえ?」 真由美は歌うのを止めた。 「お父さんが歌ってたの。」 「じゃあ、お父さんが作った歌だな。」 「そうなの。」 ショーケンは、しゃがみこんだ。 「一人で何してるの?」 「お兄ちゃんを待ってるの。」 「お兄ちゃんは、どこに行ったの?」 「コンビニでアルバイトしてるの。」 「コンビニって、ゼニヤとかいう店?」 「そう。よく知ってますねえ。」 「今、郵便局の裏にある店だろう?」 「そうです。」 「あそこでアルバイトしているんだ?」 「そうです。」 「いつも、ここで待ってるの?」 「そう。」 「こんなところにいると、人攫(ひとさら)いに連れて行かれるぞ!」 「ひとさらいって、なあに?」 「子供を泥棒して、遠くにつれていく悪いやつ。」 「そういう人がいるの?」 「ああ、いるよ。」 「でも、高野山には、そんな悪い人はいないわ。」 「そうだなあ…、でも熊は出てくるぞ〜!」 「熊が出てきたら、これを鳴らすの。」 真由美は、上着のポケットから道具を取り出して、ショーケンに見せた。 「ああ、この紐を引っ張って取ると、大きな音がするやつか。」 「そう。」 ショーケンは、厳しく戒めた。 「ここは危ないから、もっと家の近で待っていなさい。」 「はあい!」 「じゃあ、一緒に行こう!」 家まで、五十メートルほど離れていた。玄関の前には、階段の石が三段あった。 「ここで待ってなさい。」 「はあい。」 真由美は座った。ショーケンも座った。 「ここなら、お母さんの声も聞こえるだろう。」 「そうですね。」 「遠くへ行っちゃうと、お母さんが心配するだろう。」 「はあい。」 「お母さんに、心配をかけたら、お父さんが怒るよ。」 「はあい。」 家の中から、母親の声が聞こえた。 「真由美ちゃ〜〜〜ん!」 真由美は「は〜〜い!」と言って、家の中に入って行った。 お茶を、お盆に載せて戻ってきた。 「はい、お茶をどうぞ。」 「お〜〜、ありがとう!」 「お母さんが、持っていけって言ったの。」 ショーケンは、大きな声で怒鳴った。 「どうもありがとうございま〜〜〜す!」 真由美は、驚いた。 「あ〜〜〜、びっくりした!」 「ごめん、ごめん!」 猫のタマがやってきて、ショーケンにじゃれ始めた。ショーケンは、タマを撫でた。 「この猫、なれなれしいなあ〜。」 真由美は、お茶を、おいしそうに飲んでいた。 道の向こう側で、夕陽のような真っ赤な彼岸花が、秋の匂いの風に揺れていた。 「彼岸花の根には、毒があるから気をつけないといけないよ。」 「そうです、知ってますよ。」 「さすがに真由美ちゃんは、知ってるねえ。」 「お父さんが教えてくれたの。」 「山には、いろんな危ない花があるから、気をつけないとね。」 「はい。」 「勝手に食べたり料理したりしたらいけないよ。」 「はあい!」 ショーケンは、大菩薩の山に咲く花々を思い出していた。 「お茶、おいしいねえ〜。」 「うちでつくっているの。」 「とってもおいしいよ。」 「ありがとうございます。」 真由美は、ペコリと頭を下げた。
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