紋次郎は、夕陽の落ちようとしている西に向かって佇んでいた。 「太陽は暖かいなあ〜。人間の心も、こういうふうに暖かいのかなあ〜。」 佇む紋次郎の後ろには、ヨコタンがいた。椅子に座って、紋次郎を見ていた。 「どうしたの、紋ちゃん?」 「大地は、見栄もなく飾りも無く、見事に美しいですねえ。」 「そうね。」 高層のうろこ雲が茜色に染まりつつあった。 『お見合いは、いかがですか〜〜!』 隣のドームハウスの方向から、男と女が歩いてきた。男は、 『お見合いは、いかがですか〜〜!』と叫んでいた。 紋次郎が振り向いたので、ヨコタンも振り向いた。 「あっ、お見合い屋さんだわ!」 男と女は、ヨコタンの前で止まった。 「お見合いは如何ですか?」 ヨコタンが、「けっこうです。」と答えると、男と女は、何事も無かったかのように去って行った。 紋次郎が質問した。 「お見合いはしないんですか?」 「今は、それどころじゃないのよ。」 「そうなんですか。」 「あっ、ナカとヨシだわ!」 「ナカとヨシ?」 ウサギが二匹、仲良くやってくるのが見えた。 ヨコタンの前で止まった。 「どうしたの〜〜?」 二匹のウサギは、ぴょんと跳ねた。 「お腹が空いてるのね?ちょっと待っててね。」 ヨコタンは紋次郎に命じた。 「紋ちゃん、そのまま動かないで喋らないで。怖がるから。」 紋次郎は、軽く頷いて答えた。 ヨコタンは、素早くハウスの中に入って行くと、ニンジンを持って出てきた。 「はい。」 ニンジンを、一本一本あげた。2匹のウサギは、仲良く食べ始めた。食べ終わると、去って行った。 「紋ちゃん、ありがとう。もういいわよ。」 「あのウサギは、お友達なんですか?」 「うん、まあそうね。」 「ナカとヨシって言うんですか?」 「いつも仲がいいから、仲良しで、ナカとヨシなの。」 「そういうことですか。あのウサギは、どこに行くんですか?」 ヨコタンは、なだらかな天軸山の中腹を指差した。 「あそこに山小屋が見えるでしょう。」 「はい。」 「あそこに帰って行くの。」 「誰か住んでいるんですか?」 「住んではいないけど、山の管理人さんがいるの。夕方になると、ウサギに餌をやって、中に入れるの。」 「そうなんですか。」 龍次がやってくるのが見えた。 「あっ、龍次さんだ。」 龍次は、手を上げながらやってきた。 「やあ、ヨコタン、何してるの?」 「龍次さんこそ、何してるの?」 「花岡君を、ドームハウスに連れて行ったんだよ。伊賀君と一緒のハウスだよ。」 「伊賀さんと住むんですか?」 「ああ。」 紋次郎が、龍次に質問した。 「龍次さんは、お見合いはしないんですか?」 「お見合い?」 「今、お見合い屋さんが来たんですよ。」 「お見合いねえ…、今更、お見合いもねえ?」 ヨコタンが尋ねた。 「あら、龍次さん、ひょっとして、アラ還?」 「アラカン?なんで僕が、嵐寛寿郎なんだよ?」 「あらしかんじゅうろう?」
きょん姉さんとアニーが、楽し〜く楽し〜く。お食事をしていると、ドアベルが無神経な男のアッカンベーのように、容赦なく憎たらしく鳴り響いた。姉さんの口は、ひょっとこのようにとんがった。 「うるさいなあ〜〜!福之助、出てくれんかのう〜!」 「はい!」 姉さんは、時々へんてこな方言を発した。 福之助が、ドアを開けると、年配の男性と女性が、お地蔵さんのように立っていた。女性が挨拶をした。 「高野山お見合いクラブの者です。」 福之助は、セールスと思い、丁寧に断った。 「すみません。今、主人は食事中なもので。ご用件だけなら伝えておきます。」 「あ〜〜、これはこれは失礼しました。では、これを。」 パンフレットを手渡した。そして頭を下げると、ドアを静かに閉めた。 福之助は、もらったものを姉さんに、「はい。」と言って手渡した。 「なんだい、こりゃあ?」 それは、高野山お見合いクラブ、参加者募集のパンフレットだった。 「お見合いパンフレットか…」 姉さんは、アニーに尋ねた。 「アニーさん、どうですか?」 「けっこうです。」 外から大きな声が聞こえていた。男の声だった。 『お見合いは、いかがですか〜〜!』 姉さんは、窓辺に目をやった。 「まるで、豆腐かなにかを売ってるみたいですねえ。」 「縁のない世の中ですから、これから流行るかも知れませんよ。」 「そうかも知れませんね。」 「一人一人が孤立してますからねえ。」 夕焼けが、高野山の風景をメランコリックに染めていた。
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