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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第20回   ナカとヨシ
紋次郎は、夕陽の落ちようとしている西に向かって佇んでいた。
「太陽は暖かいなあ〜。人間の心も、こういうふうに暖かいのかなあ〜。」
佇む紋次郎の後ろには、ヨコタンがいた。椅子に座って、紋次郎を見ていた。
「どうしたの、紋ちゃん?」
「大地は、見栄もなく飾りも無く、見事に美しいですねえ。」
「そうね。」
高層のうろこ雲が茜色に染まりつつあった。
『お見合いは、いかがですか〜〜!』
隣のドームハウスの方向から、男と女が歩いてきた。男は、
『お見合いは、いかがですか〜〜!』と叫んでいた。
紋次郎が振り向いたので、ヨコタンも振り向いた。
「あっ、お見合い屋さんだわ!」
男と女は、ヨコタンの前で止まった。
「お見合いは如何ですか?」
ヨコタンが、「けっこうです。」と答えると、男と女は、何事も無かったかのように去って行った。
紋次郎が質問した。
「お見合いはしないんですか?」
「今は、それどころじゃないのよ。」
「そうなんですか。」
「あっ、ナカとヨシだわ!」
「ナカとヨシ?」
ウサギが二匹、仲良くやってくるのが見えた。
ヨコタンの前で止まった。
「どうしたの〜〜?」
二匹のウサギは、ぴょんと跳ねた。
「お腹が空いてるのね?ちょっと待っててね。」
ヨコタンは紋次郎に命じた。
「紋ちゃん、そのまま動かないで喋らないで。怖がるから。」
紋次郎は、軽く頷いて答えた。
ヨコタンは、素早くハウスの中に入って行くと、ニンジンを持って出てきた。
「はい。」
ニンジンを、一本一本あげた。2匹のウサギは、仲良く食べ始めた。食べ終わると、去って行った。
「紋ちゃん、ありがとう。もういいわよ。」
「あのウサギは、お友達なんですか?」
「うん、まあそうね。」
「ナカとヨシって言うんですか?」
「いつも仲がいいから、仲良しで、ナカとヨシなの。」
「そういうことですか。あのウサギは、どこに行くんですか?」
ヨコタンは、なだらかな天軸山の中腹を指差した。
「あそこに山小屋が見えるでしょう。」
「はい。」
「あそこに帰って行くの。」
「誰か住んでいるんですか?」
「住んではいないけど、山の管理人さんがいるの。夕方になると、ウサギに餌をやって、中に入れるの。」
「そうなんですか。」
龍次がやってくるのが見えた。
「あっ、龍次さんだ。」
龍次は、手を上げながらやってきた。
「やあ、ヨコタン、何してるの?」
「龍次さんこそ、何してるの?」
「花岡君を、ドームハウスに連れて行ったんだよ。伊賀君と一緒のハウスだよ。」
「伊賀さんと住むんですか?」
「ああ。」
紋次郎が、龍次に質問した。
「龍次さんは、お見合いはしないんですか?」
「お見合い?」
「今、お見合い屋さんが来たんですよ。」
「お見合いねえ…、今更、お見合いもねえ?」
ヨコタンが尋ねた。
「あら、龍次さん、ひょっとして、アラ還?」
「アラカン?なんで僕が、嵐寛寿郎なんだよ?」
「あらしかんじゅうろう?」

きょん姉さんとアニーが、楽し〜く楽し〜く。お食事をしていると、ドアベルが無神経な男のアッカンベーのように、容赦なく憎たらしく鳴り響いた。姉さんの口は、ひょっとこのようにとんがった。
「うるさいなあ〜〜!福之助、出てくれんかのう〜!」
「はい!」
姉さんは、時々へんてこな方言を発した。
福之助が、ドアを開けると、年配の男性と女性が、お地蔵さんのように立っていた。女性が挨拶をした。
「高野山お見合いクラブの者です。」
福之助は、セールスと思い、丁寧に断った。
「すみません。今、主人は食事中なもので。ご用件だけなら伝えておきます。」
「あ〜〜、これはこれは失礼しました。では、これを。」
パンフレットを手渡した。そして頭を下げると、ドアを静かに閉めた。
福之助は、もらったものを姉さんに、「はい。」と言って手渡した。
「なんだい、こりゃあ?」
それは、高野山お見合いクラブ、参加者募集のパンフレットだった。
「お見合いパンフレットか…」
姉さんは、アニーに尋ねた。
「アニーさん、どうですか?」
「けっこうです。」
外から大きな声が聞こえていた。男の声だった。
『お見合いは、いかがですか〜〜!』
姉さんは、窓辺に目をやった。
「まるで、豆腐かなにかを売ってるみたいですねえ。」
「縁のない世の中ですから、これから流行るかも知れませんよ。」
「そうかも知れませんね。」
「一人一人が孤立してますからねえ。」
夕焼けが、高野山の風景をメランコリックに染めていた。



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