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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第2回   母と子と修験者
母と子は、高野山に向かう不動谷川沿いの道を歩いていた。
「母ちゃん、疲れたよ〜、休もうよ〜。」
五歳くらいの男の子だった。
「そうだねえ、休もうか。」
「お腹も空いたよう。」
母は、大きな石を指差した。
「ここに座りな、正男。」正男は「うん!」と言って座った。
母は、リュックからアルミホイルに包まれた、おにぎりを一つと水筒を取り出した。
「はいよ。」
「母ちゃんは食べないの?」
「わたしは後でいいよ。」
「じゃあ、僕も後でいい。」
「しょうがないねえ、じゃあ、わたしも食べるよ。」
母は、もう一つおにぎりを取り出した。二人は、顔を見合い微笑み合いながら、仲良く食べ始めた。
「母ちゃん、お腹が空いてると、おいしいねえ〜!」
「お腹が空いてると、何でもおいしいんだよ。」
「そうだね〜。」
「おにぎり、あといくつあるの?」
「あと二つだよ。」
母は涙ぐんでいた。
「早く、父ちゃんに逢いたいなあ〜。」
「高野山に行けば逢えるよ。」
「高野山は遠いね。」
「もうすぐだよ。」
上の方から、変な服装の一団がやってきた。
黄色い手持ち太鼓を叩きながら、『南無三光明邪悪殺滅(なむさんこうみょうじゃあくさつめつ)!』と唱えながら、高野山を下っていた。
農家の身なりをした老人が通りかかった。
「ほ〜〜、妙なお経だなあ?」
一番先頭の『南無三光明邪悪殺滅!』の幟旗(のぼりはた)を持っていた者が、老人の問いに親切に答えた。
「内なる邪悪なるものを、正しく明るい光で、呪い殺して滅する。という意味でございます。」
「内なる邪悪とは?」
「心を悩ます全てのものでございます。」
「心を悩ます全てのもの…、わしはな、夜眠れなくって困っておるんじゃ。」
「どうしてですか?」
「不愉快な奴が出てきてな、眠れなくなるときがあるんだよ。」
「それは、誰にでもあることです。」
「それを唱えると、少しは楽になって眠れるかなあ?」
「必ず眠れます!」
「自分の不愉快な心も殺せるかのう?」
「殺せます。」
「自分が死ぬってことはないのかね?」
「死ぬのは、邪悪なる心だけです。」
「それはいいなあ〜!じゃあやってみるか。」
「ありがとうございます!」
「こちらこそ、ありがとうだよ。」
老人は、幟旗(のぼりはた)を指差した。
「これを唱えればいいんじゃな。」
幟旗(のぼりはた)を持ってる男が、一枚の御札(おふだ)を差し出した。
「わが教団の御札(おふだ)でございます。」
「おお、御札(おふだ)か、有難い!」
「心を、お大事に!」
「ほ〜、いい言葉じゃのう。君たちは、何という宗教かね?」
「ドラゴンリバーシ教団でございます。」
「どらごんりばーし教団?」
「よろしくおねがいいたします。」
「どらごんりばーし教団、覚えておきますよ。」
老人は深く頭を下げてから、脇道に去っていった。彼らも、母と子の前を黙って去って行った。
「麦茶ちょうだい。」
母親は、水筒の蓋についでやった。
「はい。」
「麦茶おいしいねえ。」
「おいしいだろう。」
「父ちゃんの名前、何て言うんだっけ?」
「龍次、保土ヶ谷龍次だよ。」
「ほどがや、りゅうじ。早く逢いたいなあ〜」
「偉い人なんだよ。」
「早く逢いたいなあ〜。」
「もうすぐだよ。」
「食べたら眠たくなっちゃった。」
「駄目だよ、こんなところで寝たら、もう少しだから我慢するんだよ。」
「うん!」
一人の修験者が下からやってきて、母と子の前で立ち止まった。
「高野山に行くのかね?」
「はい。」
「この子も歩いて行くのかね?」
「はい。」
「そりゃあ、ちょっと無理じゃないのかな?」
「そんなに険しいんですか?」
「険しくはないが、子供には遠いよ、」
「そうなんですか。」
「わしがおぶっていってやろう。」
「えっ?」
「子供は軽いから、どおってことはないよ。」
「いいんですか?」
「これも修行、何かの縁でしょう。」
「ほんとうに甘えてもいいんですか?」
「いいんですよ。いい修行です。これも何かに導かれているのでしょう。」
「どうも、ありがとうございます!」
修験者は、正男の前に腰を落とした。
「ぼうや、おぶってやるから乗りなさい。」
「いいの?」
「ああ、いいよ」
「ありがとう、おじさん!」
正男は、修験者が腰にぶらさげているものを指差した。
「おじさん、これなあに?」
「これはな、法螺貝(ほらがい)というものじゃ。」
「ほらがいって、なあに?」
「大きな音がするラッパだ、聴きたいか?」
「うん、聞きたい!」
修験者は立ち上がった。そして、法螺貝(ほらがい)を吹いた。その音は、山々にこだました。カラスが驚いて逃げて行った。
正男はびっくりした。口を開け目を丸くしていた。
「わ〜〜〜、すごいなあ〜!」
「これを吹くとな、鬼が逃げていくんだぞ。」
「すごいな〜ぁ!」
修験者は、正男の頭を撫でた。
「さあ、行こう!」
「おじさんは、忍者?」
「忍者じゃないよ。修験者って言うんだ。」
「しゅげんじゃ?」
「…山の忍者かな。」
「やっぱり忍者なんだ〜!」
母親が、修験者に気遣って尋ねた。
「修験者様も、高野山にまいられるのですか?」
「わしは通り過ぎるだけじゃよ。」
「通り過ぎるだけ?」
「高野山の奥の山に行くんですよ。」
「この時間から、奥の山にですか?」
「滝に打たれにな。」
「滝に打たれにですか?」
「修行ですよ。」
母親は神妙な顔になった。
「ご苦労様でございます。」
「実は、冷たいばっかりじゃないんですよ。その後が天国なんです。」
「その後が天国?」
「その川には、天然の温泉がありましてな、そこに入って澄み渡った夜空の星をながねるのが最高の
気分なんですよ。」
「お一人でですか?」
「仲間もやってきます。あちこちから。」
「なんだか楽しそうですねえ。」
「とっても楽しいですよ。自然のなかで食べる川の魚は、焼くとおいしいし。」
「寝るところはあるんですか?」
「小屋があります。」
「熊などは出ないんですか?」
「熊などの動物は、火を恐れるので、焚き火をしていれば近寄ってきません。」
正男は、黙って山の忍者を不思議そうに見ていた。
母も子も軽装だった。普段着だった。
「ところで、高野山には、何しに行かれるのかな?」
「人間村に知り合いがいるもので。」
「人間村っていうと、保土ヶ谷龍次氏の?」
「はい!知っているんですか?」
「実際に逢った事はないが、有名だから知っていますよ。」





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