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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第183回   メリーゴーランドの九度山
自動車(くるま)の中でメリーゴーランドは、月の下でカーラジオを聞きながら、窓を少し開け煙草を吸っていた。中の橋駐車場には、数台の自動車が駐車していた。
「月はいいな〜〜、いつも黙って光ってて…」
彼の中では、全てが虚しく流れていた。時も空間も心も…
山の側の道から高野山パトロール隊の巡回威嚇ロボット・ゴン太が、太鼓をゴンゴンと打ちながらやって来た。「夜になると動物が出てきます。気をつけましょう。」とアナウンスしながらのことだった。雨は、いつの間にか止んでいた。
「ばあちゃんが心配してるから、帰るか!」
彼は天軸山の方向を見ていた。中の橋駐車場の時計が、深夜の零時を告げていた。
「うん!何だありゃあ?」
天軸山の上空を緑色の光る物体が飛んでいた。そして、カミナリと共に消えてなくなった。
「お〜〜〜!」
彼は、目を手の甲で擦った。
「なんだ、なんだ?錯覚かな?」
彼は、窓ガラスに頬を押し当てた。冷たかった。
「夢じゃないみたいだなあ〜。」
彼は、ぞ〜〜としてきた。「無気味だから、早く帰ろう!」
彼の家は九度山だった。大門に向かって走り出した。彼は、目がおかしくなったかと思って、ゆっくりと下って行った。九度山橋の近くにある古い一軒家に自動車を止めた。家には、彼を待ってるかのように、電灯がついていた。戸を開けると、中から声がした。
「タケシかい?」
「そうだよ。今帰ったよ。」
「随分と遅かったじゃないか?」
「ちょっとね、残業だよ。」
「大変だねえ。御飯つくっておいたよ。」
「ありがとう!」
メリーゴーランドことタケシには、両親はいなかった。タケシが三歳になったばかりの時、彼を残し外国のどこかに遊びに行ったきりで行方が分からなくなっていた。空腹で死にかけていたのを救ったのは、近くに住んでいた父方の祖母だった。その後、仕方なく父方の祖母と祖父の家で育てられた。故に、タケシは祖母と祖父に深く恩を感じ、自分を捨てた両親を深く恨んでいた。
祖父の仏壇に、おはぎが供えられていた。
「おはぎ、買ってきたの?」
「もう直ぐ、お彼岸だからね。」
「そうだね。」
タケシは、仏壇の前に行き、線香に火をつけて立て、祖父の位牌に手を合わせた。
「ありがとうよ、タケシ。」
低いテーブルの上には、タケシが買って来たフードカバーが、おかずの上にかけられていた。タケシは、その前にあぐらをかいて座り込んだ。
「何、これ?」
「おまえの好きな肉ジャガだよ。」
「食べるかい?」
「ちょっと待って、お茶を飲んでから。」
「はいよ。」
「静岡の親戚から、お茶が送ってきたよ。」
「ああ、そ〜お。」
祖母は、お盆の上に、急須とタケシ専用の湯飲みを載せて持って来た。そして、テーブルの上にあったポットから湯を急須に注ぐと、間を置いて湯飲みに入れ、差し出した。「はい。」「いい香りだな〜。」
一口飲んだ。「う〜〜ん、うまい!」「そうかい。それは良かった!」
「ばあちゃんも飲んだの?」
「飲んだよ。とってもおいしかったよ。」
お茶を味わいながら飲んでいると、祖母がチラシを持って来た。
「なに、これ?」
「九度山に、こんなのができたんだよ。」
「妖怪パチンコ…」
「なんだか面白そうなパチンコ屋さんだね。」
「ふ〜〜ん。」
タケシは、パチンコには興味はなかった。
「なかなか大したもんだなあ〜、パチンコ屋も、あの手この手で馬鹿集めて。」
「馬鹿がいるから、パチンコ屋は儲かるんだよ。」
「あんなところに行く奴は、人間のクズだよ。」
タケシは、両親のパチンコ好きのことを聞いて知っていた。心から憎んでいた。
「タケシ、あんた時々遅いけど、どんな仕事やってるんだい?」
「うん、…宅配の仕事だよ。」
「宅配って、配達の仕事だろう?」
「そうだよ。」
「大変な仕事なんだねえ。遅くなるときもあるんだねえ。」
「そうだよ。」
「世の中は不景気だからねえ〜、仕事があるだけで有難いね。」
「そうだね、会社には感謝してるよ。」
「どんな社長さんなんだい?」
「うん、普通の社長だよ。ちょっと地球人離れしてるけど。」
「地球人離れ?」
「ちょっと、変わってるってこと。」
「そうかい?リストラとかはないのかい?」
「うちの会社はないよ。配達がある限りは。配達の仕事は、そう簡単には無くならないよ。」
「それは良かったね〜。」
タケシは、お茶を飲んだ。祖母は、彼を見ながら話しを続けた。
「隣の、リストラされた田中さん。」
「どうしたの?」
「なんでも、中国の大きな電化製品の会社に、凄い給料で雇われたんだって。」
「え〜〜、そうなの?」
「あの人は、大きな会社で、なんか発明みたいなことやってたからね〜。」
「知ってるよ。新製品の開発をやってたんだよ。」
「中国は凄いね〜。」
「これからは、中国の時代だよ。」
「あんたも、中国語でも習いなさいよ。」
「そうだね…」
タケシは、フードカバーを外した。
「あっ、食べるのかい。」
「うん。」
「今、御飯をよそってやるよ。肉ジャガはチンしなくてもいいのかい?」
「いいよ、肉が硬くなるから。」
「分かった。はい、御飯。」
「ありがとう。」
タケシは食べ始めた。
「昨日から、膝が痛くってね〜。」
「間接?」
「そう。」
「電動の歩行カート、買ってあげようか?」
「あ〜〜。あのノロノロ走るやつだろう。運動不足になるからいいよ。身体に悪い。ありゃあ、年寄りの乗り物だよ。」
タケシは、笑いながら答えた。「年寄りって、ばあちゃん来年で九十だよ。」
「わたしゃあ、まだまだ歩けるよ。ちょっと故障しただけだよ。」
「すごいなあ〜。」
「日頃から、病気や怪我をしないように用心してるからね。」
「じゃあ、三輪の電動アシスト自転車は、どう?」
「あ〜、見たことあるよ。」
「わたしでも乗れるのかい?」
「大丈夫だよ。三輪だから倒れないよ。荷物も沢山積めるし。」
「そうかい、でも高いんだろう?」
「大したこと無いよ。持ってくるから、試しに乗ってみなよ。」
「乗れなかったら、返せるのかい?」
「ああ、返せるよ。」
「じゃあ、乗ってみるよ。」
「じゃあ、持ってくるよ!」
「ばあちゃん、さっき変な物を見たよ。」
「どんなんだい?」
「緑色の火の玉みたいな丸いやつ。天軸山の上を飛んでて、消えていなくなっちゃた。」
「ふ〜〜〜ん、それはもしかしたら…」
「もしかしたら、何?」
「龍の玉かも知れないね〜。」
「龍の玉?」
「あの世とこの世を行き来している龍の玉というのがあるそうだよ、高野山には。」
「え〜〜?」
タケシは、思わず箸を止めた。雨は、止んでいたが、どしょ骨を担いだシュールな風が吹いていた。タケシは思わず、首を捻った。ポキッと鳴った。祖母は微笑んでタケシを見ていた。



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