極限正義党のカムイは、テントのなかで温かい玄米茶を飲んでいた。他の二人も飲んでいた。雨が、虫たちの鳴き声を叱りように降っていた。虫たちは葉の裏で必死に流されまいとしがみついていた。 「降ってきたな〜〜。」 「どしゃぶりだ〜。」 「ここは大丈夫だよ。水が溜まらない場所だから。スノコも引いてあるし。」 「そうだな、大丈夫だ。」 雨は、音楽の父と称されるヨハン・ゼバスティアン・バッハのマタイ受難曲のように、激しくもリズミカルに、まるで神が指揮するように荘厳なる雰囲気で降っていた。 「お〜〜、パッサカリアの曲が聞こえる!」 「何だい、そりゃあ?」 「バッハだよ。」 「あんた、インテリだねえ〜。」 「主よわれらを御心に留めたまえり!」 「なんだ、あんたクリスチャンか。」 「ア〜メン!」カムイは十字を切った。なぜか、二人も真似をして十字を切った。「ア〜メン!」「ア〜メン!」 「なんだよ、クリスチャンでもないのに!」 「付き合いだよ。」 「まあいいでしょう。あなたの道を主にゆだねよ。」 「はっ?」 「あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。ア〜メン!」 「お〜〜!」「本格的だな〜!」 カムイは本格的に祈り始めた。 「天にまします我らの父よ。ねがわくは御名(みな)をあがめさせたまえ。御国(みくに)をきたらせたまえ。みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。我らの日用(にちよう)の糧(かて)を、今日(きょう)も与えたまえ。我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ。我らをこころみにあわせず、悪より救いいだしたまえ。ア〜メン!」 カムイは十字を切った。なぜか、二人も真似をして十字を切った。「ア〜メン!」「ア〜メン!」 雨はどしゃぶりだったが、彼らの心は晴れていた。 「なんだか、ア〜メンって言ったら、心が楽になったな〜〜。」 「ここには、噛み付くような事を言う相手がいないからじゃないの?」 「その通り!」 「究極に立つと、見えてくるんだよ、イエス・キリストが。」 「なるほどな〜〜。」 「フランスの有名な哲学者のサルトルも言ってるよ、絶望の彼方に希望はある!と。」 「絶望の彼方に希望はある、か。」 「でも、絶望の彼方に行く前に、うつになって自殺するんじゃないの?今の人は?」 「鋭い!実はそうなんですよ。それが問題なんです。」 「今の人はというか、今の時代は病気なんだよね。やばい病気なんだよ。」 「病気の人には、傷口をこじ開けるような言葉は禁句なんですよ。知識だけの言葉は危険なんですよ。」 「知識だけの言葉は危険か、なるほど。」 「剣法を知らない人間が、剣を振り回すようなもんです。」 「なるほど。」 「人間は危ないんですよ。不安定な中に落ち込むと、理性が働かなくなるんです。」 カムイは、まるで自分のことのように喋っていた。 「人間はね、間違ったことを言ったり、やったりすると、自分に跳ね返ってくるんですよ。それが怖いんです。自分が自分でなくなってしまうんです。」 「やっぱり、あんたは大学出だな〜〜、微妙なことに詳しいね。」 二人は、カムイを見ていた。 「インテリとかじゃなくって、心の問題なのです。」 「心の問題?」 「神に祈ることを知らない人間は、永遠に欲望の地獄から逃れられないのです。」 「なるほど〜〜。」 「恐れ入りました!」 「雨は災害にもなりますが、天からの恵みでもあります。」 「その通り!」「その通り!」 雨は、バッハのマタイ受難曲の長い曲のように、とってもとっても止まずに降っていた。たった一匹の小さな蟻が雨に流されまいと、テントの裏をはっていた。カムイは、まるで今日を飲み干すように、玄米茶を飲み干した。 「なん〜だか、雨音がうるさくって、眠れる雰囲気じゃないな〜。」 「そうだな〜〜。」 「将棋でもやって、頭を疲れさせて寝るか。」 「そうだな。」 将棋のできないカムイは黙ってた。二人は、将棋盤を出して駒を並べ始めた。カムイが質問した。「将棋ってのは、王様に近い駒ほど、位が上なのかい?」 「そうだよ。金が一番偉いんだよ。」 「飛車と角行っていうのは?」 「これは別格!金よりも偉い。」 「へ〜〜〜え。」 二人は並べ終えると駒を振り、やりはじめた。 「先手後手は、どうやって決めるの?」 「三つの歩兵を盤に振って、振った人間が表が多かったら、先手。」 「ああ、なるほど。」 カムイは見てた。 「日本の将棋とチェスは、どこが違うの?」 「チェスは、取った駒は打てない。将棋は打てる。」 「死んだ駒を打てるって変だね?」 「殺したんじゃないんだよ、捕虜。味方ににしてまた使うの。残酷じゃないのよ。」 「あ〜〜、なるほど!」 「昔、枡田幸三という将棋の名人がいてね、マッカッサーと面会してね。チェスは敵を殺すゲームだけど、将棋は捕虜にして有効に活用すると言って、マッカッサーの捕虜に対する処遇を変えさせたという有名な話があるんだよ。」 「ああ、そうなの!初めて聞いた。」 「俺も、初めて聞いたよ。」 「アライグマ戦法って、よく聴くけど、どんなの?」 「アライグマ戦法なんて、よくは聴かないよ。王様がそんなことやってたら、すぐに殺されちゃうよ。」 「穴熊戦法!」 「端っこに王様を金銀で囲って、穴熊みたいに穴に閉じこもる戦法だよ。」 「ああ、そう。」 「今、見せてやるよ。」 「なんだ、穴熊かよ〜〜!」 「ところで、カムイさん。どうして今の今まで一人だったんだい?いい男なのに?」 「一生懸命に働くのがいやだったんだよ。せっかく生まれてきたのに、過労死なんてナンセンスだろう?」 「な〜〜るほどな!じゃあ俺と同じだ〜〜。」 「同感!俺たちは間違っていない!馬鹿な女のために働くなんて、馬鹿げてるよ!」 「同感!」 「女って奴は、自分で結婚しておいて、自分だけ被害者顔してやがる、ひどい動物だよ。」 「何かあったの?」 「いいや、別に。その昔に、ヒステリー女がいたってこと。」 「ああ、そうなの。」 「だいたい、女みたいな下等動物に選挙権を与えているのが間違いなんだよ。あの連中は、顔とかルックスで投票するからな、」 「そうだ、そうだ!」 カムイが思い出したように言った。 「女は、情念というか、情愛というか、そういうものだけで動くときがあるからねえ。」 「なんだか分からないけど、狂ってるときがあるよな、理解不可能な。」 「女ってのは、そうなると手に負えないんですよ。どんなに理性的に諭しても。」 「そう、言葉がまったく通じないんだよね。あれってどういうの?」 「だから、ヒステリーって言うんじゃないの?」 「まあ、そうなんだろうけどさ。やっぱり女は脳が足りない馬鹿なんだよ。」 「あんた、よっぽどひどい目に遇ったんだね。」 「あ〜〜〜、無駄な人生だったよ。」 男は、将棋を指しながら歌い出した。
人生が 二度あ〜〜れば〜 この人生が 二度ああれば〜〜 おお〜〜〜 ♪
歌い終わると、二人は黙々と将棋を指しだした。カムイは分からないけど、見ていた。 「カムイさん、これが穴熊だよ。正式には、穴熊囲い。」 カムイは見ていた。「ふ〜〜ん、これだと守りは堅いけど、逃げられないんじゃないの?」 「実は、そこが弱点なの。」 「百点満点の防御はないってこと。」 「こっちの守りは、何て言うの?」 「船舟囲(ふながこ)い。」 「なんだか簡単な守りだね?」 「これは、居飛車舟囲(いびしゃふながこ)い急戦(きゅうせん)と言って、攻撃は最大の防御なり!という戦法なの。まあ、正反対の戦法だね。」 「ふ〜〜〜ん。」 カムイは、戦法に感心して見ていた。テントの外は冷たい雨だったが、二人は勝負に燃えていた。 「こうやって、雨の音を聞きながらランプの光の下で、将棋を指すってのもオツなもんだね〜。」 「オツなもんだ。」
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