小さな二十一世紀の風が、二十一世紀を表現して、人間の聖地高野山にも木々に当たって飛び散ってひょろひょろと吹いていた。木々に別れを告げたその風は少しふてくさって冷たくなってはいたが、至って元気溌剌だった。陽は徐々に、大地の包容力に引き込まれるようにして、山々のねぐらに落ちようとしていた。でも山々は、絶対に火事になったりはしなかった。なぜなら、太陽は約一億五千万キロメートル光年の遥か彼方に落ちるからだ。なんということだろう、オー・マイ・ガット! 姉さんは、腕組みしてバーベキューコンロを真剣な顔で睨んでいた。 「これで本当に大丈夫かなあ〜?」 コンロの下に、レンガが積んであった。 「そうだ、このレンガを組んで釜戸にしたらいいかも?」 姉さんは、レンガを一個一個拾うと、組んでいった。 「うん、これでいいかな?」 姉さんは、テーブルに置いた鍋をレンガ釜戸の上に置いた。 「うん、いいねえ。」 姉さんは周りを見渡した。 「枯れ木はないかな?」 そのようなものは見当たらなかった。姉さんは歩き出した。 「ないかなあ…」 隣のログハウスまで入って行った。 「ないかなあ…」 萩原さんが、ログハウスから出てきた。 「おや、何をやってるんですか?」 「えっ?」 「何か落し物ですか?」 「木を探してるんですけど。」 「き?」 「ウッドです。焚き木です。」 「何するんですか?」 「御飯を炊くんです。」 「はっ?」 姉さんは指差した。 「あの鍋で御飯を炊くんです。」 「あ〜〜〜あ、なるほど。あんなことしなくても、バーベキューコンロで炊けますよ。」 「ああ、そうなんですか?」 「炭(すみ)持って来ました?」 「すみ?」 「炭で大丈夫ですよ。」 「あ〜〜、そうか。じゃあ持ってきます!」 姉さんは、駆けて戻ろうとした。 「葛城さん!」 「あっ、何でしょうか?」 「炭なら、差し上げます。」 「えっ?」 「もう帰るんで、余ってるんですよ。それあげます。」 「えっ、いいんですか?」 「いいですよ。」 彼は急いで戻ると、急いで出てきた。 「ついでに、やってあげましょう。」 「えっ、いいんですか?」 萩原さんは、バーベキューコンロまでやって来ると、コンロに新聞紙をちぎって丸めたものを適当に入れ、その隙間に黒炭の小さめのかけらやかすを置くと。新聞紙にライターで火をつけた。ほどなく、全体に火が廻った。 姉さんは、すぐに大きな炭を入れようとした。 「ちょっと待ちなさい。」 「はい!」 萩原さんは、うちわで風をおくった。 「細かい炭が充分赤々と燃えるまで待たないと、駄目なんですよ。」 「はい!」 炭は、赤々となってきた。 「はい、いいですよ。」 姉さんは、一本一本ステンレスの炭ハサミで挟んで入れた。萩原さんは、またうちわで扇ぎだした。そして、やがて大きな炭にも火がつき、赤くなった。それから、別の炭を少し入れた。 「これは、備長炭です。火の調整に使います。」 「びんちょうたん?」 「もう、いいでしょう!」 「水戸黄門ですか?」 「はっ?」 「あ〜〜、鍋ですね?かけてもいいんですね?」 「あっ、ちょっと待った!ちょっと蓋取って見せて。」 萩原さんは、鍋の中を覗いた。 「何合ですか?」 「三合です。」 「ちょっと、水が足りないかなあ…、鍋で炊くときは、少し大目がいいよ。」 近くに、洗い場があり水道の蛇口があった。 「どれ、わたしが水を足してきましょう。」 鍋に水を足すと、彼は直ぐに戻ってきた。 「これくらいでしょう。」 鍋の中を見せた。そして、姉さんに確認させるように渡した。 「大丈夫です、コンロにかけてください!」 姉さんが、鍋をコンロかけると、萩原さんは持ってきた小枝や割り箸をコンロに差し入れた。火は強くなった。彼は、姉さんに、うちわを渡した。 「沸騰するまで、扇いでください。」 「はい。沸騰したら、扇ぐのを止めていいんですね?」 「はい、大丈夫です。」 「それから、何分くらいでいいんですか?」 「十二分くらいで大丈夫かな。」 「分かりました。」 「だいたいの目安です。匂いで分かりますよ。」 「分かりました!」 隣のログハウスで、萩原さんの妻と娘が呼んでいた。 「あなた〜〜〜、何やってるの〜!?」 「じゃあ、また!あっ、そのレンガ、元に戻しておいたほうがいいよ。コンロが倒れないための重しだから。」 「はい!」 萩原さんは手を振って去って行った。妻と娘も、「さようなら!」を言い残し、手を振って去って行った。姉さんは、うちわを仰ぎながら、大きな声で「ありがとうございました!」と言うと、小さく何度も頭を下げていた。 二十一世紀の小さな風が、木々の香りを無償で運んでいた。
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