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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第178回   子犬とアライグマ
アニーは、お風呂場で、ローションを顔に湿らせるてからパジャマを着て、テーブルの前に座った。残っていた炭酸の抜けた山ぶどうジュースを飲み干した。まだ濡れている髪を、丁寧にバスタオルで拭っていた。それが終わると、思い出したように立ち上がって着替え室に行き、パジャマを脱いで、紺のジーンズを履き、グリーンの綿のトレーナーの上から、ダークワインレッドの羊革皮のレザージャケットを腕から通して颯爽と出てきた。
「目を覚ましに、ちょっと、散歩して冷気にあたってきます。寝る前の自律神経のためにも。」
「アニーさん、どこまで行くんですか?」
「この周りを、ちょっと。」
姉さんは心配になった。
「わたしも行きます。ちょっと待ってください!」
アニーは、ちょっと待った。姉さんは、ブラウンのロングブラウスの上から、ベイシティローラーズのようなタータンチェックの、ポリエステル百パーセントのフードのついたブルゾンを着ていた。いつものように、ありふれた行動的な濃いブルーのジーンズを履いていた。
「だいぶ冷えてきましたね。」
「ここは山ですからね。」
「じゃあ行きましょう。」
福之助が慌てて出てきた。
「今頃、どこに行くんですか?」
「ちょっと散歩だよ。すぐ帰ってくるよ。」
「じゃあ、鍵を開けて待ってます。」
二人は仲良く出て行った。ログハウスの周りには誰も歩いていなかった。道を照らす灯りだけが寂しく光っていた。
「寂しい灯りってあるんですね。」
「そうですね。」
「ここに来てから、肌荒れをしなくなったんですよ。」
「ここの澄んだ空気のせいだと思います。」
「そうですね。都会の空気は汚れていますからねえ〜。最悪です、ストレスも多いし。」
「あんなところ、人間の住むところじゃありませんよ。ロボットの住むところです。」
「そうですね。あっ、真由美ちゃん家のトマトハウスに灯りが点いてるわ。」
「ちょっと行ってみましょうか。」
「行ってみましょう。」
二人は、トマトハウスに向かった。まさとと真由美が、トマトハウスの中で何かをやっていた。アニーは開いていた入口から声を掛けた。
「こんばんわ!」
中にいた二人は振り向いた。
「アニーさんと、今日子姉さんだわ!」
まさとが「どうぞ、お入りください。」と言った。アニーと姉さんは入って行った。中は天井は低かったが、けっこう広かった。姉さんは周りを見ながら入って行った。
「このハウス、けっこう頑丈そうね。」
「お父さんが作ったんです。とっても強いんですよ。台風でも大丈夫なんです。」
「そういう感じね。お父さんは大したもんだね〜。」
「お父さんは、何でも出来たんです。」
犬小屋があった。子犬が出てきた。扉は外にも内にも開くバネのついた観音開きになっていた。柴犬だった。姉さんになついてきた。
「わ〜〜、可愛い〜!この犬小屋も、お父さんが作ったの?」
「そうです。」
「よくできてるわね〜。この犬は?」
「お兄ちゃんが持って来たんです。」
「知り合いの人に頂いたんですよ。」
「何歳?」
「ちょうど一年って言ってました。」
「そう、じゃあこれからね。」
「以前飼っていた犬の犬小屋があったんですけど、ここで大丈夫でしょうかねえ?」
「柴犬だから平気なんじゃない。ハウスの中は温かいし。」
「そうですか?」
「この犬小屋、しゃれているわね〜。両開きのドアまでついて。」
「このドアも、お父さんが作ったんです。」
「これなら、風が入らなくっていいわね〜。」
「はい、そうなんです。」
「犬は人間が思ってるほど寒がりじゃないのよ。人間と違って毛があるから。」
今度は、まさとが答えた。
「藁(わら)と、いらなくなった布を敷いておきました。」
「それで大丈夫よ。」
「じゃあこれでいいですね。」
「大丈夫、大丈夫!」
真由美が子犬の頭を撫でた。入口で猫のタマが子犬を見ていた。
「子犬ちゃん、大丈夫だって!」
アニーが二人に尋ねた「名前は?」真由美が答えた「名前は、まだないんです。」
「何かいい名前ありませんか?」
「そうね〜〜。」
姉さんも考えていた。
「真由美、今日は遅いから、また明日考えよう!」
「は〜〜〜い!」
二人は、出て行こうとした。子犬がついてきた。
「まだ、一人じゃ駄目みたいだな〜。」
まさとは怒った。
「おまえはペットじゃないんだから、このハウスの番犬なんだぞ!」
子犬は犬小屋に戻って行った。
「凄い、お兄ちゃん!分かったの?」
「偶然だよ。」
姉さんが答えた。
「きっと、まさと君の顔を見て分かったのよ。利口な犬だわ。」
「柴犬は頭がいいんですよ。」
みんなは、ときどき犬小屋を振り返りながらトマトハウスを出た。まさとは、トマトハウスの鍵をかけた。「明日まで大丈夫だよ。」
「これで、ネズミが中に入っても大丈夫ね。」
「そうだといいんだがな〜。」
「きっと追い払ってくれるわ。」
真由美は、前を歩いているアニーに質問した。
「これから、どこに行くんですか?」
「ちょっと散歩。」
アニーと姉さんは、家の前で別れた。
「おやすみなさい!」「おやすみなさい!」
兄妹も「おやすみなさ〜〜い!」と言って、家の中に入って行った。
「ちょっと、人間村を見に行きましょうよ。」
「えっ!?」
「大丈夫ですよ。こんな時間ですから、みんな家の中ですよ。」
「じゃあ、行ってみましょうか。」
「ほんとうに、散歩してるって感じで歩いていれば大丈夫ですよ。」
「そうですね。」
二人は、人間村に向かって歩きだした。
「ほとんどのドームハウスには、電気が点いてるわ。」
「食堂も、もう灯りが消えてますね〜。」
人間村の食堂側の門も、もう閉まっていた。門の前の道路を照らす灯りだけが光っていた。
「もうすぐ十時ですから。」
二人は、食堂を見ながら散歩をしているように歩いていた。
川の向こう側で、何かが動いていた。二人は立ち止まった。
「あっ、何かしら?」
「あれは、アライグマ。何かを洗って食べようとしてるんだわ。」
「三匹だわ!」
「親子ですね。親が子供に洗ってあげてるのよ。まだ洗い方を知らないから。」
「わ〜〜、感激だわ〜〜!」
アライグマは、二人を見たが、逃げようとはしなかった。急に雨が降ってきた。
「あっ、雨だわ!」
「帰りましょう!」
二人は、ログハウスに向かって駆け出した。人間村の中を、紋次郎が懐中電灯を持って見回っていた。「あっ、雨だ!」紋次郎は、食堂の見えるところで止まった。雨の中を照らすと、川の向こう側で、アライグマが何かを洗いながら食べていた。アライグマは灯りに気づいて紋次郎の方を見ていた。虫の声は止み、川のせせらぐ音だけが聞こえていた。
「なんだ、動物か。」


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