アニーは、お風呂場で、ローションを顔に湿らせるてからパジャマを着て、テーブルの前に座った。残っていた炭酸の抜けた山ぶどうジュースを飲み干した。まだ濡れている髪を、丁寧にバスタオルで拭っていた。それが終わると、思い出したように立ち上がって着替え室に行き、パジャマを脱いで、紺のジーンズを履き、グリーンの綿のトレーナーの上から、ダークワインレッドの羊革皮のレザージャケットを腕から通して颯爽と出てきた。 「目を覚ましに、ちょっと、散歩して冷気にあたってきます。寝る前の自律神経のためにも。」 「アニーさん、どこまで行くんですか?」 「この周りを、ちょっと。」 姉さんは心配になった。 「わたしも行きます。ちょっと待ってください!」 アニーは、ちょっと待った。姉さんは、ブラウンのロングブラウスの上から、ベイシティローラーズのようなタータンチェックの、ポリエステル百パーセントのフードのついたブルゾンを着ていた。いつものように、ありふれた行動的な濃いブルーのジーンズを履いていた。 「だいぶ冷えてきましたね。」 「ここは山ですからね。」 「じゃあ行きましょう。」 福之助が慌てて出てきた。 「今頃、どこに行くんですか?」 「ちょっと散歩だよ。すぐ帰ってくるよ。」 「じゃあ、鍵を開けて待ってます。」 二人は仲良く出て行った。ログハウスの周りには誰も歩いていなかった。道を照らす灯りだけが寂しく光っていた。 「寂しい灯りってあるんですね。」 「そうですね。」 「ここに来てから、肌荒れをしなくなったんですよ。」 「ここの澄んだ空気のせいだと思います。」 「そうですね。都会の空気は汚れていますからねえ〜。最悪です、ストレスも多いし。」 「あんなところ、人間の住むところじゃありませんよ。ロボットの住むところです。」 「そうですね。あっ、真由美ちゃん家のトマトハウスに灯りが点いてるわ。」 「ちょっと行ってみましょうか。」 「行ってみましょう。」 二人は、トマトハウスに向かった。まさとと真由美が、トマトハウスの中で何かをやっていた。アニーは開いていた入口から声を掛けた。 「こんばんわ!」 中にいた二人は振り向いた。 「アニーさんと、今日子姉さんだわ!」 まさとが「どうぞ、お入りください。」と言った。アニーと姉さんは入って行った。中は天井は低かったが、けっこう広かった。姉さんは周りを見ながら入って行った。 「このハウス、けっこう頑丈そうね。」 「お父さんが作ったんです。とっても強いんですよ。台風でも大丈夫なんです。」 「そういう感じね。お父さんは大したもんだね〜。」 「お父さんは、何でも出来たんです。」 犬小屋があった。子犬が出てきた。扉は外にも内にも開くバネのついた観音開きになっていた。柴犬だった。姉さんになついてきた。 「わ〜〜、可愛い〜!この犬小屋も、お父さんが作ったの?」 「そうです。」 「よくできてるわね〜。この犬は?」 「お兄ちゃんが持って来たんです。」 「知り合いの人に頂いたんですよ。」 「何歳?」 「ちょうど一年って言ってました。」 「そう、じゃあこれからね。」 「以前飼っていた犬の犬小屋があったんですけど、ここで大丈夫でしょうかねえ?」 「柴犬だから平気なんじゃない。ハウスの中は温かいし。」 「そうですか?」 「この犬小屋、しゃれているわね〜。両開きのドアまでついて。」 「このドアも、お父さんが作ったんです。」 「これなら、風が入らなくっていいわね〜。」 「はい、そうなんです。」 「犬は人間が思ってるほど寒がりじゃないのよ。人間と違って毛があるから。」 今度は、まさとが答えた。 「藁(わら)と、いらなくなった布を敷いておきました。」 「それで大丈夫よ。」 「じゃあこれでいいですね。」 「大丈夫、大丈夫!」 真由美が子犬の頭を撫でた。入口で猫のタマが子犬を見ていた。 「子犬ちゃん、大丈夫だって!」 アニーが二人に尋ねた「名前は?」真由美が答えた「名前は、まだないんです。」 「何かいい名前ありませんか?」 「そうね〜〜。」 姉さんも考えていた。 「真由美、今日は遅いから、また明日考えよう!」 「は〜〜〜い!」 二人は、出て行こうとした。子犬がついてきた。 「まだ、一人じゃ駄目みたいだな〜。」 まさとは怒った。 「おまえはペットじゃないんだから、このハウスの番犬なんだぞ!」 子犬は犬小屋に戻って行った。 「凄い、お兄ちゃん!分かったの?」 「偶然だよ。」 姉さんが答えた。 「きっと、まさと君の顔を見て分かったのよ。利口な犬だわ。」 「柴犬は頭がいいんですよ。」 みんなは、ときどき犬小屋を振り返りながらトマトハウスを出た。まさとは、トマトハウスの鍵をかけた。「明日まで大丈夫だよ。」 「これで、ネズミが中に入っても大丈夫ね。」 「そうだといいんだがな〜。」 「きっと追い払ってくれるわ。」 真由美は、前を歩いているアニーに質問した。 「これから、どこに行くんですか?」 「ちょっと散歩。」 アニーと姉さんは、家の前で別れた。 「おやすみなさい!」「おやすみなさい!」 兄妹も「おやすみなさ〜〜い!」と言って、家の中に入って行った。 「ちょっと、人間村を見に行きましょうよ。」 「えっ!?」 「大丈夫ですよ。こんな時間ですから、みんな家の中ですよ。」 「じゃあ、行ってみましょうか。」 「ほんとうに、散歩してるって感じで歩いていれば大丈夫ですよ。」 「そうですね。」 二人は、人間村に向かって歩きだした。 「ほとんどのドームハウスには、電気が点いてるわ。」 「食堂も、もう灯りが消えてますね〜。」 人間村の食堂側の門も、もう閉まっていた。門の前の道路を照らす灯りだけが光っていた。 「もうすぐ十時ですから。」 二人は、食堂を見ながら散歩をしているように歩いていた。 川の向こう側で、何かが動いていた。二人は立ち止まった。 「あっ、何かしら?」 「あれは、アライグマ。何かを洗って食べようとしてるんだわ。」 「三匹だわ!」 「親子ですね。親が子供に洗ってあげてるのよ。まだ洗い方を知らないから。」 「わ〜〜、感激だわ〜〜!」 アライグマは、二人を見たが、逃げようとはしなかった。急に雨が降ってきた。 「あっ、雨だわ!」 「帰りましょう!」 二人は、ログハウスに向かって駆け出した。人間村の中を、紋次郎が懐中電灯を持って見回っていた。「あっ、雨だ!」紋次郎は、食堂の見えるところで止まった。雨の中を照らすと、川の向こう側で、アライグマが何かを洗いながら食べていた。アライグマは灯りに気づいて紋次郎の方を見ていた。虫の声は止み、川のせせらぐ音だけが聞こえていた。 「なんだ、動物か。」
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